漢方で すこやか生活
【監修】東京女子医科大学 東洋医学研究所 教授 伊藤 隆 先生PDFをダウンロード
最近、テレビ番組・新聞・雑誌・インターネットなどで、漢方薬に関するいろいろな情報が発信され関心が高くなっていることを感じます。
しかし、聞き慣れない言葉や、西洋医学とは異なる理論など、分かりにくいと感じている方も多いと思います。
漢方・薬膳の総合ポータルサイト「漢方デスク」が行った「漢方治療に関する意識調査2016」によると漢方薬の服用歴があると回答した人が約8割もいるという結果でした。
一方で、服用したことのない人は「自分の症状に漢方薬は効果があるか分からない」という不安を持たれているようです。
この冊子では、漢方薬についてできるだけ分かりやすく説明していきますので、お手に取って何度か読み返してみてください。
しかし、聞き慣れない言葉や、西洋医学とは異なる理論など、分かりにくいと感じている方も多いと思います。
漢方・薬膳の総合ポータルサイト「漢方デスク」が行った「漢方治療に関する意識調査2016」によると漢方薬の服用歴があると回答した人が約8割もいるという結果でした。
一方で、服用したことのない人は「自分の症状に漢方薬は効果があるか分からない」という不安を持たれているようです。
この冊子では、漢方薬についてできるだけ分かりやすく説明していきますので、お手に取って何度か読み返してみてください。
漢方薬が使用される理由
医療機関で漢方薬を取り入れた治療の実態調査が複数行われています。最近の調査では約9割の医師が日常診療で漢方薬を使用しているという結果が出ています。医師が漢方治療を始めた理由
①「西洋薬の治療で十分な効果がなかった疾患に、漢方薬の治療が効果を示す場合がある」
西洋医学と漢方医学のそれぞれの利点を活かし、治療の幅を広げ、治療効果をあげるという考えだと思います。②「学会や医学雑誌への論文投稿が増え、漢方薬の作用メカニズムが解明されつつある」
海外の権威ある医学雑誌への漢方薬に関する論文投稿数は、10年前と比べると倍増し、年間約100論文に迫ろうとしています。それだけ海外からも注目され、評価をされていることがうかがえます。③「患者さんから漢方治療を希望された」
以前は、患者さんが治療に希望を伝えることは難しかったようですが、漢方外来や漢方診療科の増加もあり、患者さんの希望に沿った治療を、考えていただける環境になりつつあるのだと思われます。科学的根拠が報告
腸管通過障害に伴う腹痛、腹部膨満感の改善に使用される大建中湯という漢方薬は、腸管血流増加作用や消化管運動亢進作用が報告されています。神経症や不眠症に使用される抑肝散は、体内の興奮性伝達物質を調整することにより、興奮、攻撃性などの異常行動の発現を改善する作用メカニズムが報告されています。
全国80の大学医学部・医科大学において漢方医学教育が実施
文部科学省が2001年に発表した、医学部教育のガイドラインである「医学教育モデル・コア・カリキュラム」において、6年間の到達目標として「和漢薬を概説できる」が掲げられ、2004年にはすべての医学部・医科大学(全国80大学)で漢方医学がカリキュラム(教育課程)に取り入れられました。その後、教育は充実してきており、2011年に改訂されたガイドラインでは「和漢薬(漢方薬)の特徴や使用の現状について概説できる」とより具体的な内容になりました。『一般用漢方処方の手引き』に294処方
日本において一般用漢方製剤として製造販売の承認を得る際の審査基準である「一般用漢方処方の手引き」は、1972年11月から1974年5月までの間、計4回にわたって厚生省(現厚生労働省)から承認審査の内規が公表され、実質的な承認における基準になっていました。この内規は専門家の意見を踏まえ、漢方関係の成書に記載されており長年使用されてきた処方の中から、一般用医薬品として適当な210処方を選び、その成分・分量、用法・用量、効能・効果を示したものです。2012年8月に「一般用漢方製剤承認基準(新基準)」が発表され、これまでの210処方が大幅に見直され、294処方となりました。複数の生薬が配合(組み合わせによる効果)
漢方薬は、理論や経験に基づいて原料となる生薬が、定められた組み合せと量で構成されています。生薬の組み合せにより、薬効の増強や作用の変換そして毒性抑制などが知られています。漢方医学では構成する生薬のそれぞれの薬効ではなく、処方としての漢方薬の効果が重要になります。たとえば、葛根湯は、下記のイラストのように七つの生薬の組み合せで構成されています。葛根湯は熱性疾患(感冒など)の初期に、悪寒、首から肩にかけてのコリ、自然発汗がないなどの症状を指標に使用されます。
構成生薬のマオウは発汗作用が強くケイヒとの組み合せではその作用が増強されます。ところが、セッコウとマオウを組み合せると、止汗作用が現れることが知られており、この作用を期待する漢方薬に配合されます。
また、ハンゲ(カラスビシャクの根茎)は悪心嘔吐をおさえる漢方薬の構成生薬として使われますが、刺激性(えぐみ)が強いことが知られています。この毒性は、ショウキョウを組み合せることでおさえられ、嘔吐をおさえる作用が増強されます。
抗生物質を処方されると、胃腸の負担をおさえるために胃薬が処方されることがありますが、漢方薬は一つの処方の中で、毒性抑制が実現されていることになります。
生薬製剤との違い
生薬製剤と呼ばれる医薬品があります。原料として生薬を組み合わせた構成なので、漢方薬と非常に似ていますが、成り立ちが異なっています。昔僧侶などが庶民のために薬草を配合して使用したり、大名の御典医が独自に配合した処方などが伝承され、近代になって製剤化された医薬品です。漢方薬は天然由来の生薬のみで構成されていますが、生薬製剤は合成薬が配合されていることもあります。また、漢方薬の処方名は一般名であり、たとえば葛根湯はどのメーカーでも同じ名前ですが、生薬製剤はメーカーが命名した独自の製品名です。民間薬との違い
漢方薬と混同されることの多いものの一つとして、民間薬を挙げることができます。民間薬は、古くから人々の間で言い伝えられ、利用されている薬草などで、ドクダミ、センブリ、ゲンノショウコなどを指します。多くの民間薬は、単一の薬草のみを使用し、原料生薬の配合比率が決められている漢方薬と大きく違います。民間薬は室町時代には知られており、医師の診察や薬を与えられる機会が少なかった庶民の経験が伝承されてきました。中医薬との違い
漢方医学は、古代中国起源の医学が日本で独自の発展を遂げた、日本の伝統医学です。中国や韓国で独自に発展を遂げた伝統医学は、中医学そして韓医学と呼ばれ、それぞれ異なった医学体系を形成しています。中国医学の起源は数千年の歴史の中で、哲学および経験により培われ、今から約1800年前に疾患の経過と治療法が『傷寒論』にまとめられ、現代まで伝えられています。日本には、5~6世紀ごろ朝鮮半島を経て伝来したと考えられています。その後も遣隋使や遣唐使により、医学文化が伝えられました。その医学が、日本の風土や日本人の体格などに合わせて独自の発展をし、江戸時代の中期には日本化が一気に進行しました。このころ、従来の医学と体系を異にする西洋医学がオランダから伝来します。オランダの漢字による当て字「蘭」を用いて、この医学を蘭方と呼ぶようになります。日本の伝統医学を区別する必要が生じ、中国を意味する「漢」の字を当て、漢方という呼称が使われるようになり、この医学で用いるお薬を漢方薬と呼ぶようになりました。中国の伝統医学である中医学で使用されるお薬は中薬もしくは中医薬とよばれ、韓国の伝統医学である韓医学で使用されるお薬は韓薬と呼ばれています。
四診
漢方医学では五感を使って診断する独自の方法があります。それは「四診」と呼ばれ望診・聞診・問診・切診に分けられます。望 診
体の様々な部位を目(視覚)で観察する診断法です。顔色や肌のハリそして目の輝きなどを見ますが、特に舌が重視されます。舌は体内の状態を映し出す鏡と考えられており、その形状や色そして表面の苔などで情報を取ります。聞 診
耳(聴覚)と鼻(嗅覚)を用いる診断法です。声のハリや咳の種類、おなかのグルグルという音、さらには痰や身体の臭いまで情報になります。問 診
病歴や自覚症状を聞き出す診断法です。現代医学でも行われる診断ですが、食事の好み、たとえば甘いものや熱いものが好きか嫌いか、気温の変化、たとえば暑さには強いが寒さは苦手など、直接病気とは関係なさそうなことも聞くことがあります。切 診
手で直接触れる(触覚)診断法です。脈が速いか遅いか、軽く触れてもわかるのか強く押さないとわからないのかなどの性状を観察します。また、日本で特に発展した腹診は、腹直筋のハリや圧痛点の位置など、やはりさまざまな性状を観察します。(症状により必ずしも四診すべてを実施するとは限りません)
証という考え方
診断で得られた情報を整理して、症状の改善に最適な漢方薬を選びます。たとえば、寒気がして熱の出始めで、首から肩にかけてのコリがあり、そして自然発汗が認められない、この症状は「葛根湯証」であると診断します。「葛根湯証」であれば葛根湯を処方するという、診断から治療指針が決まるのが漢方医学の特徴です。また、体質の鑑別で「証」の概念を使う場合もあります。イラストのように「実証」「虚証」を見分けます。それぞれに使用されるお薬があり、実証の人に使われるお薬を虚証の人に使用すると、かえって症状が悪化する場合があります。実証と虚証の区別がつきにくい人を中間証としてとらえ、異なる漢方薬を第一選択薬にすることがあります。
西洋医学との違い
西洋医学は自然科学を基盤に進化してきましたが、漢方医学は哲学思想と集積された臨床経験を基盤に発展してきました。西洋医学は、外科的処置に優れ大きな成果を上げています。また、細菌学の発達により予防と治療、さらに他覚的所見を重視して検査データを基にして病名を決定し、的確な治療薬を使用します。漢方医学は、個人の体質改善を考え、心身両面から症状を観察し、多くの情報から判断して治療に結びつける方法を導き出します。西洋医学では、細菌やウイルスなどを直接攻撃し死滅させるお薬が使われます。漢方医学では、本来人間が持っている自然治癒力で治療しようと考えます。たとえば、インフルエンザウイルスによる感染では、同じ環境にありながら羅患しない人もいます。羅患した人は何らかの要因で心身のバランスが崩れ、自然治癒力が衰えている状態です。漢方薬ではこのバランスを整え、抵抗力を戻す治療になります。西洋医学では基本的に、合成された単一成分のお薬が使われ、漢方医学では多くの成分を含有した天然品の生薬を複数組み合せたお薬が使われます。複合成分であるために、効果のメカニズムが解明しづらいものの、科学の発展とともに解明されつつある漢方薬もあります。
西洋医学では治療が難渋する疾患
虚弱体質に伴う疾患や心身症・不定愁訴・神経症など、さまざまな検査を行っても異常が認められないような場合があります。西洋医学では異常が認められないと病名が決められず、治療方針が決まらない。そのようなときには、症状によって治療方針が決められる漢方医学を用いるのが良いと考えられます。また、高齢者のようにいろいろな疾患を併せ持っている場合、西洋医学ではそれぞれの疾患に対して投薬されるため、多くのお薬を服用しなければならなくなってしまいます。漢方薬は複数の症状を「証」という概念でとらえ治療方針を決めますので、一つの処方で対処することも可能となります。
さらに、免疫異常が関与する疾患やアレルギーなど、西洋医学的治療でも難渋する疾患が、漢方薬で特異的に効果を示す場合があるという報告もあります。
西洋薬との併用で効果が期待できる疾患
抗炎症作用や鎮痛作用については西洋薬が第一選択薬になるでしょう。ただし慢性炎症性疾患や再発性疾患では、漢方薬を併用することで西洋薬を減量することができたりします。また、細菌感染の明らかな疾患では抗生物質が優先的に使用されますが、遷延性あるいは再発性の場合に漢方薬を併用することで抗生物質の治療期間を短縮できる例があります。さらにがん治療においては、最近は非常に効果のある抗がん剤が開発されており、有効性が認められています。しかしながら、末梢神経障害(しびれ、痛み)や消化管粘膜障害(下痢、口内炎)などにより、治療が継続できない場合が見られます。このような場合、漢方薬を併用することで、本来必要な治療を継続することが可能になるという研究が進んでいます。服用について
漢方薬の中には、その苦みなどの味や香りで胃の働きを活発にする目的で用いられるようなものもあります。多少飲みにくいと思っても、できるだけ水または白湯で飲むようにしてください。薬と相互作用を起こす可能性もありますので、牛乳やジュースなどで服用しないでください。違う薬局で購入した薬、あるいは病院で処方された薬との飲み合わせにより、予期せぬ反応が起こることもありますので、医師や薬剤師・登録販売者にご相談ください。副作用については管理が必要
西洋薬に比べて少ないといわれていますが、漢方薬も医薬品なので副作用があります。また、まれに重篤化するものもあります。服用中に症状が悪化したり、気になる異常な症状が現れた場合には、速やかに主治医やお買い求めいただいた薬局・薬店にご連絡ください。そして、次にあげる方は服用前に医師や薬剤師・登録販売者にご相談ください。(1)胃腸の弱い方
食欲不振、胃のもたれ、腹痛、軟便・下痢などが起こる場合があります。(2)アレルギーのある方
薬や食物などでアレルギーを起こした経験のある人は、漢方薬でも起こる可能性があります。(3)高齢者の方
肝臓・腎臓などの代謝機能が低下して、漢方薬に限らず薬の副作用が現れやすくなります。(4)妊娠中の方
漢方薬が胎児に悪影響をおよぼしたという報告は、現在のところありませんが、不安なことは説明していただき、納得して服用することが大切です。(5)以前に漢方薬で副作用の経験がある人
漢方薬の名前が異なっていても、過去に副作用を起こした漢方薬と同じ生薬が用いられている場合があります。この他、お子さんが服用するときは年齢によって服用量が規定されています。大人と比べて感受性が強く、少量でも効果が発現しやすい場合があります。漢方薬を処方してもらう場合、体質やアレルギーの有無などを医師や薬剤師・登録販売者に必ず相談してください。
重篤な副作用
間質性肺炎
階段を上ったり、少し無理をしたりすると息切れがする・息苦しくなる、空せき、発熱等がみられ、これらが急に現れたり、持続したりする場合は、間質性肺炎の疑いがあります。小柴胡湯、柴朴湯、柴苓湯などが発症しやすいといわれています。肝機能障害
発熱、かゆみ、発疹、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、褐色尿、全身のだるさ、食欲不振等が現れる場合は、肝機能障害の疑いがあります。肝機能障害の治療に使われる小柴胡湯という処方で肝機能が悪化する場合もあり、経過観察の厳格化などが注意喚起されています。偽アルドステロン症
手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛が現れ、徐々に強くなる場合は、偽アルドステロン症の疑いがあります。構成生薬であるカンゾウの主成分グリチルリチン酸が原因であり、過剰服用や長期服用によって発症しやすいことが知られています。複数の漢方薬を服用するときには、それぞれの構成生薬のカンゾウの総量について医師や薬剤師・登録販売者に確認し相談しましょう。長寿社会の中で生活の質を高める
総人口に対して65歳以上の高齢者人口が占める割合を高齢化率といい、21%を超えた社会を「超高齢社会」と呼びますが、日本は2007年に超高齢社会に入っています。日常的に介護を必要としないで、自立した生活ができる生存期間のことを健康寿命といい、健康寿命社会の実現に向けて、さまざまな施策が示されています(「21世紀における第二次国民健康づくり運動」)。漢方薬は、患者さんのQOL(Quality of Life:生活の質)の向上に寄与することが期待されています。前述のとおり、西洋医学的な治療では難渋する疾患に効果が示されたり、副作用を軽減する働きが明らかになってきました。漢方薬は成分が複数であることなどから、まだまだ科学的な解明は難しい状況です。今後科学がもっと発展し、漢方薬の作用メカニズムが解明されていけば、健康寿命社会の実現に貢献できるものと思います。
治療法が確立されていない疾患への対応(ストレス、ホルモンバランスなどによる疾患)
女性の社会進出が進み、重要な役割を担う女性が増加しています。そのため、ストレスや女性特有のホルモンバランスの乱れから、頭が重い、倦怠感、イライラ、冷えや肌が荒れるなど検査結果からは異常が認められない不調を抱える女性が増えています。病名が特定できないため、治療ができずに我慢してしまう方が多いという状況です。しかし、もっとつらい症状になってしまわないうちに、漢方薬を試してみてはいかがでしょう。漢方薬はそんな女性の不調を改善することが得意なお薬です。
漢方薬の治療は、やはりいろいろ難しい面がありそうです。
第一ステップとして、漢方治療の専門の医師や薬局の薬剤師・登録販売者に相談してみてはいかがでしょう。
あなたのつらい症状だけではなく、食べ物の好き嫌いや生活習慣、家族や職場の様子など、いろいろな情報が漢方薬を選択するのに役立ちます。
相談する前に話したいことをまとめておくことも大切だと思います。
正しく説明することは、よりよい治療につながります。
また漢方薬の服用後の症状や体の変化なども医療関係者に伝えて相談しましょう。
皆様の健やかな生活を継続するために、漢方薬がお役に立てることを願っています。
第一ステップとして、漢方治療の専門の医師や薬局の薬剤師・登録販売者に相談してみてはいかがでしょう。
あなたのつらい症状だけではなく、食べ物の好き嫌いや生活習慣、家族や職場の様子など、いろいろな情報が漢方薬を選択するのに役立ちます。
相談する前に話したいことをまとめておくことも大切だと思います。
正しく説明することは、よりよい治療につながります。
また漢方薬の服用後の症状や体の変化なども医療関係者に伝えて相談しましょう。
皆様の健やかな生活を継続するために、漢方薬がお役に立てることを願っています。