今宵は、漢方とともに~講談&講演の夕べ~
日本漢方生薬製剤協会 創立40周年記念
第26回市民公開漢方セミナー 2023年12月13日(水)
第1部 漢方復興物語~和田啓十郎の漢方復興への執念~
*第1部の講談は、和田啓十郎先生の資料を元に神田香織先生が創作されたものです。
講談師 神田 香織 先生
■生涯を漢方復興に捧げたひとりの医師の足跡
▶急速な近代化が進む明治時代、医療界に「鉄椎」を投げつけた和田啓十郎
漢方の復興に命を懸けた医師・和田啓十郎を紹介する講談「漢方復興物語」が生まれたのは1999年のこと。当時の日本医科大学東洋医学科の三浦於菟先生から「明治期以降に見捨てられてしまった漢方の復興の歩みを講談で語ってほしい」との依頼を受けたのがきっかけでした。
明治時代、明治政府は文明開化・富国強兵、脱亜入欧を掲げ、西洋に追いつこうと必死でした。江戸幕府老中の安藤対馬守(安藤信正)は「日本の近代化を西洋化と勘違いしている人々がいるのは非常に残念である。日本は近代化する必要はあるが、西洋化する必要はない」と言い切ったものの、明治政府は近代化を西洋化と履き違え、その結果多くの伝統文化が失われることになりました。医療においても、明治政府はドイツ医学を中心とした西洋医学を採用し、東洋医学を「科学的ではない」と排除してしまったのです。
漢方受難の明治時代、漢方が復興するきっかけを生み出したのが、和田啓十郎が執筆した『医界之鉄椎』でした。「医界」とは「医術の世界」であり、「鉄椎」とは天下を統一した秦の始皇帝が乗る馬車に張良が鉄椎を投げつけたという逸話から取ったものです。西洋医学に対して、自身が鉄椎となって、1冊の本をまとめたとされます。
▶幼少の体験が、啓十郎を医療の道に導く
啓十郎は、明治5年10月10日、松代藩(現在の長野県)の藩士・和田家の7番目の子どもとして生まれました。啓十郎7歳の頃、姉・ユキが病魔に襲われます。難病なのか、なかなか良くなりません。ユキは17歳の時分には、やせ衰えているのに腹だけが突っ張っている有様でした。西洋医、漢方医問わず、どれだけ医者を変えても快方に至らず、ある時、ユキは噂で聞いたある医者に頼ることを進言します。薄汚いが腕は神業と評判で、母親はわらにもすがる思いで招くことを決めます。訪れたのは、みすぼらしい身なりの医者でした。その先生が処方した漢方薬を飲み始めて半年が経つ頃ユキは快方に向かい、1年後には全快することができました。回復を喜んだ両親が用意した金品を断り、診療代のみを受け取って帰る先生の姿を目にした啓十郎少年は、(人力車などを利用せず)歩いて往診する貧しい医者でも難病を治すことができ、良薬は東洋や西洋、値段の高い安いに関係なく本当にその人に必要な薬剤を処することであるという、医学に携わるものの原点を学び、「将来は先生のような立派な医者になりたい」と心に刻みました。
由緒正しい家ではあったものの、和田家はユキの治療費による出費で余裕がなく、啓十郎は小学校を出てすぐに奉公に出されます。しかし「どうしても勉強がしたい」と尋常中学校に入学。19歳になる明治24年に卒業してからは「今後の人生を真剣に考えたい」とキリスト教、仏教を学びます。その後、子ども時代の体験を思い出し「医者になって人のことを考え、病める人を救おう」と医学専門学校「済生学舎(日本医科大学の前身)」への入学を決めるのです。
▶多大な影響を与えた江戸時代の名医・吉益東洞
啓十郎20歳の時、古本屋で江戸時代の名医・吉益東洞が書いた『医事或問』という本に出会います。この本との出会いがなければ啓十郎が漢方にのめり込むこともなく、日本の漢方は滅んでいたかもしれない。そういえるほどの運命的なものでした。
吉益東洞は江戸時代中期の漢方医で、医師の実践的な技術の習得に腐心した改革者、先駆者です。戦国時代に活躍した名医・永田徳本の流れをくみ、「万病一毒説」を唱え、薬も毒の一種と捉え「毒を以て毒を制す」ことを治療の根本原理としました。毒と毒が戦う際に起こる激しい反応を瞑眩と呼び、「瞑眩せざれば治癒することなし」というのです。多くの患者が全快しましたが、人々の間には恐ろしい医者という評判が広まっていきました。東洞の自信は、自ら試してみる「親試実験」によって裏付けられており、荒唐無稽で乱暴に思える東洞の主張に対し、当時の一流の医師たちも非難を浴びせていたそうです。啓十郎も、東洞の説に全面的に賛成しているわけではないのですが、革新性やカリスマ性に深く心酔していたのは確かなようです。
▶撲滅運動によって極まってしまった、漢方に対する偏見、反発
吉益東洞に感化された啓十郎は、漢方医・多田民之助に師事し、住み込み弟子として漢方を学び始めます。しかし時代は漢方撲滅運動のさなかでしたので、患者もほとんどおらず、生活は火の車。米がなくなればただ先生が往診に出向き米を得るという生活を送っていました。「貧すれば鈍す」とは言いますが、多田先生は志が高く医療に勤しめば貧乏をしていても何も恥じることがないのだと諭し、啓十郎はここでも医師の心構えを学んだのでした。
済生学舎卒業後、啓十郎は都内で開業します。しかしうまくいかず、故郷の松代藩に戻って開業し、郷里の女性と結婚。長男長女をもうけました。そして帰郷から5年後、啓十郎は日露戦争の軍医を経て再び東京・浜町で開業することになるのです。しかし残念なことに、5年の歳月によって漢方撲滅運動の成果が浸透し、漢方に対する偏見、無視が極まっていました。激しい怒りが込み上げてきた啓十郎は「大衆に本物を見抜く目があったら、必ず漢方は復興するに違いない」と行動に移します。思いの丈をしたため、新聞や雑誌に投書したのです。しかしすべてボツにされてしまいました。次に「専門家や医師の理解が必要だ」と考えた啓十郎は、学会に入会します。学会内の研究会で「漢方をしている」と挨拶すると「あんな陳腐なものをやっている方は、ここに同席されては困ります」と言われてしまいます。これまで日本では漢方を用いてさまざまな治療を行ってきた歴史を説くものの「時代遅れ」と一蹴され、その後も総会や研究会での発言の機会をつかむのが難しい状況が続きました。これほどの排斥は、市井の人の生活に深く溶け込む漢方に対するコンプレックスの裏返しだったのかもしれません。
▶啓十郎が切り開いた、漢方復興の道
啓十郎は「漢方に対する偏見の一つひとつに対して反論し、その論証を立てた本を出すしかない」と、本の執筆に取りかかり始めます。本の冒頭では子どもの頃の体験を紹介し、意気揚々とした序文は現代語で訳すと次のような内容が記されています。
「今や世をあげて褒めているものは西洋医学であり、『こんなに素晴らしいものはない』とし、一方で世をあげて謗られているのは漢方医術であり、荒唐無稽、医者たるもの口に出すのも恥ずべきものとされている。しかしこれを事実の上に照らしてみるとどうも賛成できないものがある。進歩であろうが退歩であろうが、また長所か短所かということも相対的に比較して是非を判断すべきであろう。私は長年医学を学び、2者の長所・短所を比較体験した一部をここに報告し、識者の判断を仰ぎたい。私は秦の始皇帝に投げつけられた鉄椎のつもりである」
『医界之鉄椎』を書き上げた啓十郎は大手の本屋に出版を持ちかけますが、どこに行っても断られ、「南江堂」という本屋だけが自費出版を条件に引き受けてくれました。しかし何しろお金がありません。親戚縁者、友人知人に頭を下げてお金を借り歩きました。中には出版は止めるようにと助言する人、金輪際の付き合いを絶つことを条件とする家もありましたが、啓十郎は諦めません。食べるものも着るものも買わず、身なりを整えることもしない日々を送りました。ある時、鏡を見るとかつて姉を助けた漢方医とそっくりの自分の顔が映っていました。啓十郎は「少しは本物の医者に近づいたのかな」と感じました。妻は内職で家を助け、子どもたちも「将来は父のような漢方医になりたい」と決意するのでした。
明治43年に出版された『医界之鉄椎』は大きな反響を呼び、証明を試みる人、反論する人、漢方を学び始める人が現れました。初版1,000部はすぐに完売し、大正4年には内容を増やして再版しました。患者も増え、啓十郎も研究会に呼ばれるなど漢方復興運動は着実に広がっていきました。しかし、長年の疲労が重なったのでしょう。大正5年の春、ついに啓十郎は病床に臥してしまうのでした。そんな状況でも息子に「死去の際の新聞広告には『薬が効かなくって』も書いてはいけないぞ。寿命あい尽きてと書くのだぞ」と託すなど、どこまでも漢方を擁護し、啓十郎は同年7月45歳の若さでこの世を去りました。
啓十郎死去後も、漢方復興の狼煙は決して消えることなく燃え続け、後の世の漢方医たちに多大な影響を与え続けていきました。
第2部 漢方×栄養でストレスケア~ストレスからのレジリエンス(回復力)を身につける~
ひめのともみクリニック 院長 姫野 友美 先生
■栄養を十分に摂り、漢方を上手に活用して回復力を高めよう
▶健康であるために必要な「回復力」
ストレスとは「生体に影響を及ぼす外的刺激」と定義されています。大きなストレスがのしかかる、あるいは小さなストレスが長期に続くと歪みが生じ、心身に異常が現れるとされています。人間の身体には歪みから元に戻ろうとする力も備えており、これを「レジリエンス(回復力)」と呼びます(図1)。レジリエンスがあれば人間の体は外界の変化にも影響されず、「ホメオスタシス(生体恒常性)」を保つことができるようになります。そして、病気の発症の要因となるホメオスタシスの乱れに対して、有効と言えるのが漢方薬です。漢方薬は病気を治すという側面がありますが、一部ではホメオスタシスを一定に保つ働きがあるといわれており、予防的にも投与することが可能といえます。
図1 ストレスが病気を引き起こす仕組み
図2 健康であるために必要なものとは
また、健康であるためは食事、睡眠、運動、休養、生きがいが必要です(図2)。睡眠時に分泌されるホルモン・メラトニンには強い抗酸化作用があり、メラトニンが代謝すると強力な記憶物質が産出されます。睡眠を取らないと身体が酸化しやすく、記憶も定着しにくくなります。睡眠は、脳や体の修復にも不可欠です。運動によってダメージを受けた体の組織、特に筋肉は睡眠中に修復されることで増強します。また、生きがいというのも非常に重要です。生きがいとは生活に張りを持たせるものであり、生きるための原動力となります。
▶口腔内トラブルが招く悪循環「フレイルサイクル」
高齢者の健康に関して課題となる心身が弱る「フレイル(虚弱)」のうち、特に注目したいのがオーラル(口腔内)フレイルです。オーラルフレイルは、フレイルの悪循環「フレイルサイクル」に陥る要素の一つにも挙げられます(図3)1)。例えば歯周病や虫歯によって歯が喪失すると、口腔機能が低下し食べ物を噛みにくくなります。すると食欲や食事量が低下し、慢性的な低栄養状態に陥ります。栄養は脳にとっても重要で、栄養不足は認知機能の低下にもつながります。加齢に伴う筋肉量の減少は、運動量や筋力の低下、ひいてはサルコペニア(筋肉量の減少)を招く原因となります。寝たきりにつながるロコモティブ・シンドローム(加齢に伴う筋力低下などにより運動機能が衰え身体能力が低下した状態)に陥るリスクも非常に高くなるため、低栄養や筋力低下を予防しフレイルサイクルに陥らないようにすることが重要といえます。
東京都健康長寿医療センターの研究によると2)、体格指数であるBMI値、貧血の指標となるヘモグロビン値、タンパクの指標となる総コレステロール値やアルブミン値の数値が低い群が、他の3つの群に比べて生存率が低くなることが明らかとなっています。つまり、栄養状態が悪くなり、一定の水準を下回るとフレイルのリスクが高くなり、これらの値を下げないことがフレイル予防につながるといえます。加齢に伴って脳の血流量も減るため、血流を良くして酸素をたくさん送り込めるようにすることも、認知機能を保つためにはとても重要です。
図3 フレイルサイクル(文献1を参考に作図)
▶代表的な4つの栄養素を積極的に取り入れよう
図4 休憩時における器官別エネルギー消費量
人間の体はすべて食べた物、すなわち栄養素という材料によって構成されています。数ある栄養素の中でも、特に覚えておいていただきたいのが、「タンパク質」「脂質」「鉄」「ビタミンB」です。
タンパク質は、元気な心と体をつくる栄養素トップランナーです。人間の体の約20%はタンパク質で構成されています。年代別のタンパク質の摂取量と筋合成速度を検証した研究によると3)、高齢者は若い人と比べてタンパク質をより多く摂取しなければならないことがわかっています。タンパク質を摂取する時間帯も重要です。夜よりも朝に十分なタンパク質を摂取している群では、筋力が有意に高い値を示します。さらに、朝のタンパク質の割合と筋肉量・筋力の間には正の相関も認められています4)。
また、身体が健康であるためには、脳も健康でなければいけません。なぜなら、脳がホルモンや自律神経、免疫などの指令を出しているからです。そして、脳の健康は栄養で決まります。脳は体重に対して約2%しか占めていないにもかかわらず、エネルギー消費率は約18%を占めます(図4)。勉強やデスクワークなど、体を動かさず過ごしていてもおなかがすくのは、脳で栄養を使っているからなのです。
私たちの精神症状は、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンという神経伝達物質、いわゆる脳内ホルモンの絶妙なバランスによってコントロールされています。この3つのバランスを取る上で必要なのもまた、栄養です。タンパク質は神経伝達物質の原料で、タンパク質を分解してできたグルタミン、フェニルアラニン、トリプトファンといったアミノ酸と、ビタミンB群、ミネラルなどが組み合わさり、さまざまな脳内ホルモンが生成されます。脳内ホルモンやビタミンの生成には腸内細菌も関係しています。腸内環境が良いと脳も元気になる「腸脳相関」という関係性も最近になってわかってきたことです。
1日に必要なタンパク質は体重1kg当たり1g程度で、動物性タンパク質と植物性タンパク質を2:1、肉と魚を1:1の割合が目安で摂るのが効率的とされています。タンパク質全体のうち動物性タンパク質摂取の割合が50%未満だと平均寿命が短く、70%以上だと動脈硬化性心疾患が増えるといわれています。日本人の割合は50〜60%と理想的で、日本食が健康食といわれるゆえんの一つといえます。
▶栄養は神経伝達機能や心身の調子、エネルギー産出を支える
脳の構成成分の約50%は、コレステロールやリン脂質、DHAといった脂質です。一般的にコレステロールは悪者扱いされがちですが、コレステロールは細胞膜や神経伝達のミエリン鞘の原料となるため、コレステロール値が高い人こそ元気で長生きし、低コレステロール血症はうつになりやすい傾向にあるといわれています。DHAには神経細胞を増やす働きがあり、DHA投与による認知機能への影響に関する研究では5)、DHA投与群は認知機能が大きく回復したとの結果が示されており、DHAやEPAといったオメガ3系脂肪酸とビタミンBを併せることは脳の萎縮予防にも効果的とされています。マーガリンやショートニングに代表されるトランス脂肪酸は控え、DHAなどオメガ3系脂肪酸を積極的に摂取するのを心がけたいです。
鉄が欠乏すると、めまい、立ちくらみ、寝起きの悪さ、洗髪時の抜け毛、湿疹、アザ、注意力が低下しイライラする、頭痛といったトラブルが起きやすくなります。特に月経のある女性の多くは鉄欠乏の傾向にあり、鉄欠乏によって閉経時の不定愁訴が起きるケースも珍しくありません。鉄を含む食品を積極的に摂るのも大切ですが、必要な分を摂取するには相当量を食べないといけないため、サプリメントを活用するのも効率的です。
また、ビタミンBはエネルギー産出に不可欠で、不足するとどれだけ食べ物を食べてもエネルギーが生み出されず疲労感、倦怠感、不眠、食欲不振、抵抗力低下などが見られるようになります。ビタミンB群は記憶力や物事に対する興味・関心度を高める作用も認められており6)、子どもの発達にも重要なものといえます。ビタミンBは動物性食品に多く含まれます。動物性食品は、タンパク質、脂質、鉄、ミネラルも摂取できるので、ぜひしっかりと摂取しましょう。
▶漢方薬を利用してストレスケアを
さまざまな栄養は、体内で消化吸収されて初めて利用できます。食べ物の消化を担う胃腸は、いわば健康の要です。そして胃腸の調子を整えるのは、漢方の得意分野でもあります。さまざまな身体の不調に対応する漢方薬はいくつもあり、例えば胃がもたれてみぞおちが張って苦しい場合は半夏瀉心湯といったように細かな症状を丁寧に整理することで適切な処方につなげられます(図5)。胃症状だけでなく、便秘(図6)や下痢(図7)など腸の症状に対応する漢方薬も、体型や皮膚の状態、慢性症状などに応じていくつか選択肢があります。
図5 チャートで探す漢方薬 胃腸の症状
漢方の診察では病気や不調の原因を、季節の変化や環境など外的な要因の外因、感情やストレスなど体の内側から引き起こされる内因、あるいは生活習慣など「不内外因」といったさまざまな視点から特定します。診断では患者さんの状態を表す「証」を見極め、虚証、中間証、実証に振り分けます。虚証は痩せ型で虚弱的、実証は血行が良く疲れにくいなどの特徴があります。
図6 チャートで探す漢方薬 便秘
図7 チャートで探す漢方薬 下痢
図8 気血水とは
漢方薬を選ぶ際、患者さんの状態を詳しく捉えるため「気血水」(図8)がどのような状態にあるのかを見極めます。
例えば「気逆」は、自律神経や摂食意欲などに関連する「気」が逆上して起こる、のぼせや強い不安感、イライラを指します。
桂枝加竜骨牡蛎湯は治療で用いる代表的な漢方薬です。他にも、憂鬱感や腹部の膨満感などを訴える「気滞(気鬱)」には半夏厚朴湯や香蘇散、気の不足により食欲や性欲の低下、四肢の無力感、疲れやすさを訴える「気虚」には、補中益気湯や六君子湯、人参養栄湯などを用いて改善をめざします。
頭痛や肩こり、目の下のクマ、月経異常など血の滞りに関連する「瘀血」には当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、桃核承気湯などが適しており、血液が不足して抜け毛や肌の乾燥、貧血や立ちくらみなど栄養不良を示す「血虚」には、四物湯、十全大補湯、人参養栄湯などを用います。フレイルに対して人参養栄湯を用いると効果的といった研究も進んでいます。
体内の水分、体液の流れの滞りや分泌異常は「水毒」と呼ばれ、むくみや水太り、多汗や無汗、多尿や乏尿といった排尿異常などが該当し、改善には五苓散や防已黄耆湯などを用います。
その他、抑うつ状態に適応する漢方薬も多くあります。喉の違和感や咳、動悸、めまいなどを伴う場合は半夏厚朴湯、冷え、のぼせ、貧血、疲れやすいなどの訴えがある場合は加味帰脾湯、イライラして焦燥感が強い、神経過敏な場合は抑肝散加陳皮半夏、神経の高ぶり、不眠を伴う場合は抑肝散と、訴える症状に応じて適した漢方薬を選択します。不安を感じる際には、加味逍遙散、桂枝加竜骨牡蛎湯、柴胡加竜骨牡蛎湯などが選択肢にあがります。不眠に対しては酸棗仁湯、抑肝散などがあります。漢方を上手に利用し、栄養をしっかり摂って、心と身体のレジリエンスを高めていきましょう。
【文献】
1)Xue, Q-L. et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2020, 75(2), p.387-393.
2)Taniguchi, Y. et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2014, 69(10), p.1276-1283.
3)Moore, DR. et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2015, 70(1), p.57-62.
4)柴田重信「. 時間栄養学 時間運動学に基づく健康科学」の資料より
5)寺野隆. アンチ・エイジ医. 2010, 6(4), p.540-547.
6)Harrell, RF. J. Nutr. 1946, 31(3), p.283-298.