■新型コロナウイルス感染症の概要
新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の概要です。2023年1月初旬の感染者数は全世界トータルでおよそ6.6億人と報告されています。一方、日本の感染者数は、3,000万人を超えている状況です。亡くなった方は、全世界で670万人、日本では6万人を超えています1)。
パンデミックの歴史をみると100年ほど前に流行した「スペインかぜ」があります。現在では、例えばインフルエンザがH1N1ウイルスで起きているなど原因がわかっていますが、当時は原因もわからず、世界中で5億人以上が感染したといわれています。世界中で猛威を振るったスペインかぜですが、すでにCOVID-19のほうが感染者数で上回っている状況となっています。
■COVID-19の急性期における漢方治療の研究結果
急激に症状が現れるCOVID-19の急性期の治療に対し、近年、複数の研究結果が出ています。その中から漢方薬を用いた研究を2つ紹介します。
【研究1】
軽症・中等症の COVID-19患者(疑い含む)に対する西洋薬、漢方薬治療による症状緩和、重症化抑制に関する多施設共同、後ろ向き観察研究
まずはCOVID-19の軽症・中等症の患者さん(疑い含む)に対して西洋薬や漢方薬での治療を行った際の病状の経過や症状の変化について、多施設での報告をまとめる、観察研究という形式の研究です2)。
全国23か所の医療施設から報告された患者さんの治療経過のうち、統計として比較可能な962症例を漢方薬による治療を含むグループ(以下、漢方群)、含まないグループ(以下、非漢方群)の2群に分け、漢方治療の有無による症状の変化や重症化抑制などの比較、解析を行いました。
結果をみると、発熱(※1)ほか、咳、息切れ、倦怠感、下痢など全ての調査項目で漢方治療の有無による有意な差はみられませんでした。これにより、漢方薬、西洋薬を問わず、症状に対して適切な治療を行えば、症状改善までに大きな差はみられないことがわかりました。
(※1)日本の感染症法で定義される発熱(37.5℃以上)より下がった状態を改善としています
また、比較的早い段階(発症から4日以内)から治療を始めた症例では、治療に漢方薬を使ったほうが重症化(※2)が少ないという結果が出ています。つまり、早期の漢方薬投与によりCOVID-19の重症化を抑制できる可能性があることがわかりました。
(※2)肺炎を発症し、酸素吸入が必要な程度の状態を重症化と定義しています
【研究2】
軽症、中等症COVID-19患者の感冒様症状に対する漢方薬追加投与に関する多施設共同ランダム化比較試験
続いて、葛根湯と小柴胡湯加桔梗石膏の組み合わせ(合方)の効果を検証した比較研究3)です。
2剤の合方を選定した背景には、スペインかぜの際によく使われていた柴葛解肌湯という漢方薬があります。当時、漢方医浅田宗伯先生の門下の木村博昭先生が用いて、多くの患者さんを救ったという記録があります。現代の漢方薬に当てはめると葛根湯と小柴胡湯加桔梗石膏の合方がほぼ同じ構成になることから、両処方が選ばれています。また、この試験以前から、COVID-19に対する2剤の合方の効果についてはさまざまな研究が行われており、2020年にはそれらをまとめた報告がなされています4)。両処方の選定にはこうした背景も含まれています。
試験では、軽症および中等症Ⅰ(※3)のCOVID-19の患者さん161例を、年齢や体格、検査の数値、症状などの分布がほぼ同じになるよう無作為に2群に分けます。一方の群には、症状に応じて解熱薬や鎮痛薬、咳止め薬などの従来の治療を行い(対照群)、もう一方の群には従来の治療に加え、先述した2剤の合方を飲んでもらい(漢方薬併用群)、両者の経過を14日間観察して、統計解析を進めています。こうした研究のスタイルはランダム化比較試験と呼ばれ、信頼性の高い結果が得られる試験デザインとされています。
(※3)呼吸困難や肺炎の症状がみられる状態(呼吸不全はなし)と定義されています
結果については、熱や咳、痰、呼吸不全などCOVID-19のさまざまな症状の推移を観察したところ、対照群、漢方薬併用群のいずれも同様な症状の改善傾向となり、両者で大きな差はみられませんでした。また、各症状については、発熱において漢方薬併用群のほうが早期に改善する傾向がみられました。
重症化に関して、呼吸不全に至る症例の割合を比較したところ、漢方薬併用群のほうが対照群よりも少ないという結果が出ています。特に注目したいのが、中等症Ⅰかつワクチン未接種のグループに関する結果で、漢方薬併用群のほうが、重症化が少ない傾向がみられました。
本試験により、感染後の早い時点から漢方薬を使うことで、早期の解熱や、呼吸不全などの重症化抑制の可能性が確認できたといえます。
■COVID-19罹患後症状(後遺症)に対する漢方治療
▶COVID-19後遺症対策への取り組み
一般的に、罹患後症状(以下、後遺症)とは、COVID-19に罹患後、発症から3か月ほど経っても残っている症状とされています。最近は早めに治療を受ける方も増えており、1か月ほど経っても症状が取れないような方が、後遺症外来や罹患後症状のフォローアップの外来に来院されるケースが多くみられます。
東北大学病院では宮城県など自治体と連携して、一般のホテルに往診システムを構築した医療機能付軽症者療養施設(以下、療養施設)などでCOVID-19の患者さんの医療支援を行っています。これまで療養施設で5,000人ほどの患者さんを診る中で、一旦症状が治まったのち、復職後に再度症状が出る方も少なくないことから、2021年4月、大学病院内に後遺症外来を開設し、症状が残っている方へのフォローアップ対応に取り組み始めました。
そうした症例をわれわれでまとめた観察研究5)を紹介します。療養施設での往診患者さんのうち、発症から1か月以降にCOVID-19の関連症状が残っている70名を対象に、症状の種類や経過、治療方法などを調査、解析したものとなります。
▶適切な漢方治療により後遺症が消失・軽減
まず症状としては、1人で複数の症状を持っている方が多いことがわかりました。具体的な症状の内訳は、発症後1か月前後で来訪の場合、咳や味覚・嗅覚異常、倦怠感が残っている方が多くみられました。
こうした方々に対し、採血や画像診断など各種検査を行い、あくまでもCOVID-19の後遺症の症状であることを確認したうえで、適切な治療方針を決定しました。西洋薬での治療もありますが、ほとんどの方は漢方薬を使うことになりました。治療を進め、発症から6か月の時点では多くの症状が消失、軽減しています。残っている症状の中で比較的多いものに倦怠感(14.3%)、味覚障害(11.8%)などがありました。
各症状の治療経過ですが、発症から1か月の時点で多かった咳、味覚・嗅覚障害、倦怠感については、全体的に右肩下がりで改善しました。改善までの中央値(およそ半分の方の症状が改善したことを表す数値)は、いずれの症状も2か月程度でした。
発症から1-2か月は、咳やのどの痛みなどの炎症が残っている方の割合が高く、主に、咳や痰の状態に応じた適切な鎮咳作用のある漢方薬や、炎症を抑えるタイプの漢方薬を併用しました。後遺症が2-3か月と長引いてくると体力も落ちてくることから、体力回復のために、元気にしてくれる、人参養栄湯、十全大補湯などの補剤(体力や気力を補う薬)という種類の漢方薬を使うことが多くなりました。さらに3か月以上も後遺症が続くような場合は、体内のさまざまな循環機能が悪化し、不要な老廃物が溜まりやすくなります。そこで、加味逍遙散、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸という血(血液も含めた体の栄養素とされる漢方の概念)の流れをよくする処方を併用するなどして、治療にあたりました。
さまざまな後遺症に関する研究報告を見ると、入院せず、外来に来られる程度の方で、COVID-19発症から6か月を経過して何らかの後遺症が残っている割合はだいたい20-30%です。そうした研究報告の中には、適切な漢方治療により、6か月後の後遺症が10%を下回るまでに減少できたものもあり、症状に合わせた漢方薬の使用が、後遺症のコントロールに貢献できる可能性が見えてきています。
後遺症にはさまざまな症状があり、その病態は、まだわからないところが多くあります。研究報告などからわかってきていること6)として、以下に発症・進行の要因とそれらに対応する処方を挙げます。
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ウイルスに感染してダメージを受けた臓器や組織(特に肺)が治るまでに時間がかかること(直接的な障害)が一因と考えられる場合、大病後の回復をサポートする漢方薬として人参養栄湯などの補剤を使うことがあります。
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排除しきれず体内に残った微量のウイルスによる持続感染の可能性もあります。こうしたケースでは微熱を繰り返す方も多く、炎症を抑える小柴胡湯や柴胡桂枝湯などを併用するという手があります。
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ウイルス感染後に免疫の機能がうまく戻らず、炎症がさらに進行してしまうケースでは、時間の経過とともに体力も低下しやすいので、免疫状態、体力の回復を目的として補中益気湯を使うことがあります。
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ウイルスによる血液循環の悪化、さらに血管がダメージを受けている場合は、微小循環を改善する桂枝茯苓丸などを併用します。
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ウイルスの影響で内分泌系、自律神経などが乱されている場合は、回復を補い、筋肉やホルモン系に作用しやすい牛車腎気丸などを使います。
■COVID-19後遺症の漢方治療例
COVID-19の後遺症に対し、漢方治療を行って回復した3症例を紹介します。
【1例目】 男性 医療職(オミクロンタイプ)
主 訴:めまい、咳、微熱
既往歴:11歳時に気管支炎で入院歴あり
現病歴:2022年にコロナ陽性。発熱、咽頭痛、関節痛、倦怠感などあり、5日程で症状は改善。療養後復帰したが、通常勤務開始2時間程でめまい、咳がひどく、再び休職。3週間程休養後、再度職場復帰するも、浮動感を伴うめまいと労作時の咳嗽、微熱があり再度休養。その後も病状が長引き、発症から1か月経過時点で当外来に紹介となる。
経 過:当科受診時、微熱(体温37.2℃)、頻脈(脈拍90回/分)あり。最初の療養時~1回目の復職~2回目の療養時はアセトアミノフェンほか西洋薬の解熱・鎮咳・去痰薬を服用。その後、当外来来院時、検査・診断のうえ、抗炎症作用のある柴胡桂枝湯と乾燥による空咳を抑える麦門冬湯の併用を決定。服用開始後、しばらくして微熱が治まり、めまい、倦怠感の収束時点で柴胡桂枝湯を止め、麦門冬湯のみ継続。咳が治まったところで復職。
【2例目】 女性 医療職(オミクロンタイプ)
主 訴:労作時息切れ、めまい、集中力低下、頭痛
既往歴:喘息
現病歴:2022年に咽頭痛があり、検査で陽性。感染経路は不明、夕方より39℃の発熱あり、5日間続き、アセトアミノフェン、モルヌピラビル、クラリスロマイシンなど5日間使用。その後10日間療養、14日後に職場復帰したが、頭痛、めまい、倦怠感、息切れなどが強く再度休養を取ることに。易疲労感、集中力低下などが長引き、当科紹介に。
経 過:当科受診時、頻脈(92回/分)あり。頭痛、めまい、集中力の低下(ブレインフォグ)、倦怠感、易疲労感、息切れがあり、まだ炎症が残っている可能性から柴胡桂枝湯を処方。
その後、微熱が収束していき、めまい、倦怠感、易疲労感なども改善傾向に。療養の長期化により体力低下がみられたため元気回復を促す人参養栄湯を併用。先述の症状改善後は柴胡桂枝湯を終了し、人参養栄湯のみ継続。十分な休養後、復職。直後に若干の倦怠感と易疲労感があり、人参養栄湯を継続したまま再度療養。1週間後に症状が改善し復職。現在、症状はなく仕事に従事。
【3例目】 女性 事務職(デルタ前後)
主 訴:嗅覚障害、咳、痰、息切れ、倦怠感
現病歴:ワクチン未接種。2021年に発熱、咳、息切れで発症。検査上は肺炎なく、軽症となり療養施設入所。咳に五虎湯とツロブテロール(気管支拡張薬)を併用し症状軽減、12日間の療養で発熱も改善し退所に。退所後も嗅覚障害(7)、咳(5)、痰(5)、息切れ(8)、倦怠感(3)などあり当院外来受診。
※()内の数値は、NRS(患者さんが感じている症状の程度)を11段階で評価したもの、数値が大きいほど症状が強い
経 過:嗅覚障害がひどく、息切れしやすい状態。微熱(37.0℃)、頻脈(94回/分)あり。
当院受診前の急性期は五虎湯と気管支拡張薬で症状改善したが、初回の復職後に再発。
特に咳があり、半夏厚朴湯と気管支拡張薬を服用しながら2週間の療養。2度目の復職後にワクチン接種。その後、手足のしびれ、肩上・顔面の痛みが生じ、再度医療機関を受診。
息切れ、嗅覚障害、倦怠感を伴い、症状改善が見えない中、不安傾向も出現。神経内科でのCT検査なども実施し、プレガバリン等神経に作用する薬を使用。しかし改善がみられず、脱毛、食欲不振が現れたため、神経に作用する薬を使いつつ、十全大補湯、人参養栄湯を併用。脱毛、食欲不振改善後も人参養栄湯を継続しつつ、ゆっくり時間をかけて養生し、発症から180日で各症状がほぼ改善。職場復帰可能な状態に回復。