■西洋医学の観点で見た、風邪、インフルエンザに対する漢方薬の効果
インフルエンザの治療にもよく使われる
麻黄湯という漢方薬をご紹介します。
漢方薬の効果が西洋医学的観点から研究され始めてからまだ歴史は浅いですが、今回はランダム化比較試験(RCT: Randomized controlled trial)という、信頼性の高い研究をいくつか紹介します。
まず、インフルエンザ治療で使われることが多いオセルタミビルなどの西洋薬と、古くから漢方で風邪の急性期に使われている麻黄湯との効果を比較した研究です。
2019年に行われたシステマティックレビュー(すでに発表されている様々な論文をまとめる手法の研究)では、麻黄湯はオセルタミビルなど西洋薬と同等の効果があり、特に大きな副作用などはなかったと報告されています
6)。我々の行った研究でも、オセルタミビルなどの西洋薬と麻黄湯を用い、発熱や倦怠感、筋肉痛などインフルエンザの症状に対する効果を比較した研究があります。結果として、発熱期間に大きな差はなかったものの、関節痛では麻黄湯のほうがより効果がありました。
また、患者さん自身が自覚される症状について検証していく臨床研究ではなく、細胞レベルで「どうして効果が出るのか?」を究明する基礎研究の分野でも、麻黄湯が構成される各生薬のサイトカインに対する作用についての研究
7)などが進められています。
サイトカインは、ウイルスなどが侵入したときに体内で分泌される物質のことです。サイトカインによって体温が上昇するといった反応が起こります。このサイトカインへの作用を究明していくことで、生薬が持つ成分の効果を確認していくことができます。
このほか、
麻黄附子細辛湯という漢方薬の研究も進められています。この処方は特に高齢者の風邪によく用いられます。一般に風邪によく使われるPL配合顆粒(総合感冒薬)と麻黄附子細辛湯を比較した研究
8)があります。症状の変化を比較したところ、PL配合顆粒と同じくらい麻黄附子細辛湯にも効果があったとされています。
風邪やインフルエンザなどのウイルス感染症に対する漢方薬は科学的解明も進んでいます。今後も漢方のさまざまな研究が進み、この未知のウイルス感染の治療薬の担い手になることを期待しています。
■順天堂医院のLong COVID漢方外来
▶開設の経緯について
まだ新型コロナウイルス自体がよくわかっていなかった当初は、その治療に専念する時間が非常に多かったのですが、その後、感染後の後遺症で困っている方が大勢いることがわかってきました。今後「後遺症にどのように対応していくか」も私たちの大きな課題となっていきました。
後遺症の症状は非常に多岐にわたり、倦怠感や筋肉痛、関節痛など、臓器に特定できないような症状を訴える方が非常に多いです。そうした症状の治療に対し、漢方医学によって後遺症の症状を軽減できないかと考え、2021年10月、新たにLong COVID漢方外来を開設しました。
▶6割もの患者さんになんらかの後遺症
COVID-19の発症から半年後でも約6割の方でなんらかの症状が持続するといわれています
9)。当院外来によくいらっしゃるのは、倦怠感や微熱、神経の症状などを訴える方が多く、中には休職するほどに日常生活に支障をきたす人もいます。重症、中等症、軽症という分類があるとはいえ、軽症と診断された方でも後遺症が出るという報告もあります
10)。ほかのウイルスなら、入院加療が必要となった場合で重症患者に後遺症が出ることは多いですが、COVID-19は軽症でも後遺症になることがわかっており、罹患後は誰にでも後遺症の可能性があるわけです。
図5は海外から発表
11)された後遺症への対応策です。当外来は4、5番目の項目を担い、患者さんに寄り添うというところを目指しています。
図5 Long COVIDに対応するのに必要な5項目
▶順天堂医院Long COVID漢方外来の特徴
当外来では西洋医学と東洋医学を融合した治療を目標としています。西洋だけ、東洋だけではカバーしきれないところに対し、両方を組み合わせた治療で患者さんをサポートできないかとの考えから、こうした理念が生まれました。
現在進めている主な研究(図6)として、1つには血清サイトカイン(細菌やウイルスが体に入ってきたときの反応として生じる)の特徴・性質などに関する解析があります。
図6 順天堂医院 Long COVID漢方外来の特徴
具体的には、新型コロナウイルスと、インフルエンザウイルスやほかの風邪のウイルスとでの違いや、COVID-19の後遺症の特徴との関連性です。
当院呼吸器内科では、肺線維症などの後遺症の実態解明にも取り組んでいます。肺炎を繰り返すことで肺が硬くなってしまう病気を肺線維症といい、肺炎様の症状が非常に多いCOVID-19も原因のひとつとなります。肺炎の原因がCOVID-19とそれ以外の疾患による違いについての研究が行われています。
腸内
細菌叢も注目されています。COVID-19と腸との関係というと、疑問に思われる方もいるかもしれませんが、COVID-19の後遺症では、慢性疲労症候群と呼ばれる、検査で説明がつかない病的疲労や回復しにくい労作後の消耗などを呈する疾患との共通点が指摘されています。こうした病態と腸内細菌叢との関連性が報告されており、今後消化器内科との共同研究を検討しています。
このように当科は、大学附属病院として各専門科との連携や共同研究も視野に入れ、外来診察を行っています。