新しい生活様式にも役立つ先人の知恵―『養生訓』を参考にして―
第23回 日漢協・市民公開漢方セミナー(Webセミナー)動画公開期間:2021年2月1日~2021年2月28日
「新しい生活様式にも役立つ先人の知恵―『養生訓』を参考にして―」
千葉大学医学部附属病院 和漢診療科 診療教授 並木 隆雄 先生
■漢方における健康とは?
昨今、新型コロナウイルス感染症が日本中に蔓延して、感染の心配をされている方もいらっしゃるでしょう。感染するかどうかは、ウイルスの感染力だけでなく、人間側の免疫力も関係してくる場合があります。先人の知恵である『養生訓(ようじょうくん)』という書物を踏まえ、免疫力・抵抗力を高めるにはといった点も含め、「漢方における健康とは」というお話をいたします。健康を保つための、食事や生活習慣についても触れていきます。
▶漢方医学の健康の考え方
漢方で健康を考える場合、「バランスをとる」ことを重要視します。例えば、体が熱をもちすぎていたり、逆に冷えすぎていたり、どちらに偏っても体調は悪くなります。ほどよく寒熱のバランスが保たれている状態を漢方医学では中庸(ちゅうよう)といい、それこそが健康であると考えます。ウイルスや細菌、あるいは時季による寒さ暑さなど、さまざまな外敵、外部刺激(ストレス)に対し、私たちにはバランスを崩さず、均衡を保とうとする力が備わっており、病気や体調不良の予防にも有効と考えられています。
そうしたバランスを保つことを、昔の人は「養生(ようじょう)」といいました。バランスの崩れや不調和が小さいうちに修正して健康を保つための方法です。
▶バランスの崩れ(不健康・病気)をどう見つけるのか?
バランスの崩れが早めに見つかれば、軽症での治療、もしくは病気になる前の予防も可能です。では、どうすれば早期にバランスの崩れが見つけられるのでしょうか?東洋医学の重要な考え方である「陰陽」に触れながら説明します。一見難しそうですが、要するに陰陽とは「私たちの身の回りの相反する事柄、状況など」のことです。天があれば地があり、日影があれば日向がある。自然界はあらゆる相反する事象が存在しており、われわれは無意識のうちにごく当たり前に経験しています(図1)
図1 陰陽とは
▶陰陽の医学的概念
陰陽の考え方は医学の分野にも当てはまります。例えば、発熱や炎症などが起きている熱い状態か冷えていて寒い状態か、あるいは気力が充実しているか足りないか、など病態や症状の現れ方から体質的なものまで陰陽で分類できます。陽証(ようしょう)というのは熱っぽい人(≒熱証;ねっしょう)、陰証(いんしょう)というのは冷えっぽい人(≒寒証;かんしょう)といえます。例外もありますが、大まかにはこうした分類になります(図2)。
図2 陰陽の医学的概念
▶漢方薬の種類は体質で変わる
熱証に分類される人たちの傾向としては、比較的若く、体格は普通、日頃からの活動性は高く、暑がりであることが多いです。一方、寒証の場合は、痩せ型、風邪をひきやすい、体力がない、疲れやすい、冷え症といった傾向がみられます。漢方薬を選ぶ場合、こうした体質ごとに薬の種類を変えます。
例えば、食欲がなく、冷え症で、普段から胃腸が弱く、風邪をひきやすいという人には、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)などの薬を使います。これに対し、日頃から元気があって食欲もあり、めったに風邪はひかないが、疲れが溜まって風邪をひいてしまい、発熱は38~39℃と高く、首がこるような状態では、葛根湯(かっこんとう)などを使います。葛根湯は有名な漢方薬ですが、体質を考えず誰にでも使うと、副作用が出ることもあります。漢方は体質を考慮し、人それぞれの個性に合わせて薬が使われます。
これに対し、なるべく個別性を考えなくてもいいように薬を作っているのが西洋医学の考え方です。どちらがよいということではなく、それぞれに利点、欠点があり状況に応じて使い分けます。
■養生とは
第1部でも触れた養生について、お話しします。養生とは、広辞苑によると、生命を養うこと、健康の増進を図ること、衛生を守ること、摂生ということが書かれています。こと人の場合には、健康に注意して元気でいられるよう努めるということ、また、病気やけがの回復に努めるという意味もあります。▶養生ブーム
まだ健康という言葉がなかった江戸時代の頃、健康に値する言葉として存在したのが「養生」なのですが、実は江戸時代は一大養生ブームで、養生の本がいろいろと出ました。まるで数々の健康関連の本が刊行され、さまざまな健康法が次々と現れる現代のような状況だったと思われます。こうした背景には、貨幣経済の浸透などで余裕が生まれ、町人文化なども栄え、庶民でも健康に留意できるようになった江戸時代中期以降の、まさに天下泰平の世であったことが関わっているでしょう。また、薬が全国で売られるようになったのも大きな要因の1つです。
▶養生本のロングセラー『養生訓』
健康を増進したいという人々の欲求の高まりに対し、一般の素人向けとして出された養生本はおよそ100種類以上(!)。中でも江戸時代に一番読まれた、いや、現代でも読み継がれるロングセラーとなった本が貝原益軒(かいばらえきけん)の『養生訓』です。当時の庶民の暮らしぶりは、衣服等に関する贅沢を禁止する奢侈禁止令(しゃしきんしれい)が出されるほか、食・住の面でも大いに豊かになった時代背景の中で書かれた『養生訓』は、基本的に質素な生活を推奨する内容となっています。なんと筆者の貝原益軒は84歳まで生きて、その最晩年に同書を執筆しており、まさに「長生きするためにはどうしたらいいか?」を実体験で書かれた健康法として、かなり信ぴょう性が高い一冊といえます。
▶毎日摂る食べ物が健康を作る
昔から、食事は健康に大きく関連しています。例えば、古来、中国の周王朝ではもっとも位の高い医師に、食べ物で日頃の健康を保ち、病気を治す知恵をもった「食医」が置かれ、一般的な薬を使って治す医者である「疾医」よりも格上でした(図3)。また、東洋医学のバイブルともいえる『黄帝内経(こうていだいけい)』という書物にも、「上工(医)は未病を治す」「中工(医)は已病を治す」とあり、要するに、一番優れた医者は病気になる前の状態を治すことができ、すでに病気になった者を治す医者はそれより下であるということが書かれています。図3 食医とは
このほか、日頃からバランスの取れた美味しい食事を摂ることで病気を予防し、治療しようとする「薬食同源」も同様の意味合いとなります。『養生訓』には、この考え方を採り入れた飲食に関する教訓が載っています。「熱すぎたり、また冷たすぎたりするものは避ける」「飲食は控えめに」「夜食は避ける」「夕食は軽く」などのほか、お酒やお茶の飲み過ぎに対する注意など、現代でもよく見られることとほとんど同じ内容が書かれていて驚きます。ちなみに、「薬食同源」と似た言葉に「医食同源」がありますが、こちらは日本でつくられた造語です。
『養生訓』に書かれているすべてが、現在の科学的な目で見て正しいかというと一概にはいえないこともあるのですが、「五味偏勝とは一味を多く食過すを云」と、甘いものや辛いものなど、1つの味に偏って食べ過ぎることを戒める内容や、腹八分目についても触れているなど、現代の糖尿病に対する考えと同じようなことが、すでに江戸時代に書かれています。
▶食事と感情
『養生訓』では、食べ物だけでなく、食べる状況についても触れています。食前食後に怒っているのはよろしくないといったことが書かれており、確かに、消化管の運動はリラックスしている状態の副交感神経系が優位なときに亢進しますから、怒っている、興奮した状態は消化に適しません。江戸時代ではまだ自律神経のことはわかっていないはずなのに、こうした記載があるのは、興味深いことです。▶基礎代謝を上げる
新型コロナウイルス感染症に対する免疫力を考える場合、基礎代謝を上げるということが大変重要です。体力があるということは、基礎代謝が高いことといえます。そこで考えたいのが基礎代謝を上げる、言い換えればエネルギーをつくる食べ物です。炭水化物、タンパク質、脂質の三大栄養素でみると、現代栄養学的には、タンパク質が一番体を温めるとされています。もちろんバランスは考えなくてはいけませんが、寒い時期はタンパク質を摂るように心がけるのが大切です。
▶季節ごとの旬の食材を
体を温める・冷やす食べ物については『養生訓』にも書かれています。温める食品には生姜、カボチャ、鶏肉などが、冷やすものとしては柿、カニ、刺身、豆腐などが挙げられています。また、日頃食べている白米や大豆、玉子などはどちらにも偏らない(平性)とされています(図4)。図4 食物の性味
こうした食材の性質は漢方的な考えによるものではありますが、生姜に含まれるジンゲロールに熱を加えることで生成するショウガオールは温める働きがあり、一部には科学的にもエビデンスのあるものとなっています。
さて、基本的には、体を温めるものを摂ったほうがよいのですが、「ではなにが温め、なにが冷やすのか?」の区分は結構難しいです。昔の分類の考え方を見ても、科学的な観点からも、複雑です。そこで私はこう説明しています。
「夏には夏の旬のものを、冬には冬の旬のものを食べましょう」というのも、不思議なことに旬の時期には、その時期に役立つ食材が育っています。例えば夏場には、暑い時季に起きやすい熱中症に対しその予防にも効果的と思われる、体を冷やし、利尿作用のあるナスやキュウリ、スイカなどが穫れます。また、夏バテしやすい時季には、栄養価が高く予防にも効果的なウナギが獲れます。食材の温寒に関する難しい理論よりも、旬のものを食べることで自然と必要なものが補われるというのが私の考えです。
また冬についていえば、温める作用のある長ネギ、生姜、ニンニクなどを使った料理がよいでしょう。私たちが考案した薬膳レシピ集『千葉大学病院の薬膳ごはん』(マイナビ出版)という本に、レシピを紹介しておりますので、ご興味のある方は、参考にしてみてください。
▶バランスのよい食事
厚生労働省と農林水産省が共同で提唱している食生活の指針として『食事バランスガイド』があります。1日30品目を目標に、主食、主菜、副菜、乳製品、果物をバランスよく摂ることを推奨していますが、こうした考え方は東洋医学のバランスを重視するという点にも、また、『養生訓』にある食を偏らせないという点にも通じます。■温かくする生活習慣で冬を乗り切る
第3部は生活習慣です。まずは、基礎代謝について考えてみましょう。そもそも基礎代謝とは、体温維持や、心臓、呼吸など、人が生きていくために最低限必要なエネルギーのことです。そして体温の維持には筋肉量が関係しています。一般に、女性のほうが男性よりも筋肉量は少ないため、冷え症は女性のほうが多くなる傾向にあります。また、筋肉量が減ると、体温維持のために体に脂肪が蓄えられ、体脂肪が増加する悪循環にも陥ります。▶運動する
体を温める生活習慣としては運動が一番わかりやすいでしょう。散歩やジョギング、縄跳びなどをすると体の芯から熱がつくられ、温かくなります。▶食後の運動の効果
食事と運動に関して、『養生訓』に「食後には必ず数百歩歩くべし」とあります。昔は食後すぐに歩くと体によくないとされていましたが、最近では食後の運動はダイエットや高血糖対策に効果があるといわれています1)。食後30分~1時間以内の運動により、糖が体脂肪に変わる前にエネルギーとして使われることで、糖が脂肪に変化するのを防ぎ、血糖や中性脂肪の数値の改善にも効果的といわれています。さらに、空腹時に比べて集中力が増すことから質の高い効率的な運動につながる、ともいわれています(図5)。図5 食後の運動の効果
息切れするような強すぎる運動は逆効果で、胃もたれしたりするので注意が必要ですが、「食後しばらくは運動を控えようか」、ではなくて、少々の散歩くらいは行ってよいでしょう。
▶衣食住から考える温かさを保つ漢方の養生(生活習慣)
衣食住という面から考えた場合、まず衣については、お腹を冷やさない、薄着に注意する、防寒に注意するなどがあります。熱を逃がさないためには足首を冷やさないことが大変重要で、レッグウォーマーなどを用いるのもよいといわれています。食については、先に触れた内容とも重複しますが、総じて「なるべく温かいものを摂る」ということです。『養生訓』にも書かれていて、「ご飯はよく熱して、中心までやわらかくなるように」「酒は夏でも温めて」「刺身などは予想以上に体を冷やすことがあるため気をつける」などがあります(図6)。基礎代謝を落とさないためには、なるべくタンパク質を摂り、冷たいものを避けることが大切です。ただし、これらはあくまで寒い時季についての考え方で、真夏の暑いときに適度に冷たいものを摂ることは問題ありません。このほか、鍋料理や煮物など温める調理によって、冷たい食べ物も温かいものに変わるというようにも考えられています。
図6 なるべく温かいものを摂る(『養生訓』より)
住の話では、冷気が降りてくる窓の近くに布団やベッドを置かないこと、また冬場などに加湿することもあるでしょうが、過度の湿気は避けること、そして、布団は何枚も重ねすぎると重みがよくないので、軽い羽毛布団を使うなどして、なるべく体に負担のないようにすることを心がけてください。
▶温かくする生活習慣~冷たい飲み物、食べ物を減らす
私の患者さんの事例を紹介します。ある冷え症の患者さんが来院され、「なにかいい漢方薬はないですか」とのことで処方したのですが、その薬が効かなかったそうです。そこで、さらに体を温める薬を処方するも効かないといいます。ふと、食生活について聞き損ねていたことに気づき、「なにか冷たいものは食べていませんか」と尋ねたところ、患者さんは「なにも食べていません」と答えます。そこで具体的に「アイスクリームは食べていませんか?」に対して「はい、大好きで夜よく食べています。それがなにか?」と。笑い話ではなく、実はこういうことはよくあります。その人にとって、冷たいものの中にアイスクリームは入ってなかったんですね。例えば、体によいヨーグルトも冷蔵庫から出してすぐは冷えているので、少し室温に近づけてからがよいですし、果物も冷やす性質のものが多いため、食べすぎには注意する必要があります。冷たいものが体を冷やす働きというのは結構強いものなので気をつけていただきたいです。
▶入浴の効能
住に関連して、入浴の効能について興味深い調査を紹介します。私たちの施設などでの研究で、全国18市町村に住む要介護認定を受けていない高齢者約14,000人に対し、入浴頻度と新規要介護認定の関係について3年間にわたる調査を行ったところ、驚くことに、週7回以上入浴する高齢者の方は、週0~2回とシャワーなどで済ませてしまう入浴が少ない方に比べ、約3割、要介護になるリスクが減るという結果2)が出ました。つまり毎日入浴する方は、あまり入らない方に比べて健康を維持できていたということです。これまでも入浴はよいといわれてきましたが、はっきりとした効果が示されなかったこともあり、これを発表したときはNHKが取材に来られるなど、かなりインパクトのある調査結果だったようです。
▶水の多飲
『養生訓』には、水を多く飲むことの胃腸への弊害についても書かれています。実際、常温の水でも、1日2Lなど多量に摂ることはよくないことがわかっています。また、多量の水を飲めば、尿量も多くなります。排尿とはいわば、40℃のお湯を体外に捨てるようなもので、体熱を取り除く生理現象であり、冷え症を助長します。冷え症の方が、こうした水分摂取の習慣をもっていた場合、のどが渇いた分だけ飲むようアドバイスしています。▶ストレスも冷えを助長する
ストレスを確認することも重要な冷え対策の1つです。ストレスがあると交感神経が昂ぶり、血管が収縮して血流が悪くなるため、冷え症を促進し、さまざまな不調、障害の原因になることもあります。体を温めることを心がけ(図7)、できる限り温かくして、冬を乗り切っていただければと思います。ご清聴ありがとうございました。
図7 体を温めることを心がける
Q1. 漢方薬にも副作用があるのでしょうか?
A1. 漢方薬も薬ですので、副作用はあります。一般的な副作用には、例えば肝機能障害や皮膚の湿疹などがあります。漢方には、体格や体質などによる「証(しょう)」という分類法があり、基本的に漢方薬は証に基づいて用いることで効果が高まり、副作用も出にくいと考えられます。専門医に証をみてもらうとよいでしょう。Q2. 漢方薬を服用するメリットにはどのようなものがあるのでしょうか?
A2. 1つには、西洋薬では症状に合う薬がない場合の受け皿として処方するということがあります。また、西洋薬との併用で、より効果が出る、あるいは副作用を減らせるということで処方されることもあります。さらに漢方薬の重要な役割としては、健康増進、予防という点で飲まれる方もいるでしょう。西洋薬がよい場合もあり、漢方薬がよい場合もあり、また併用することがよい場合もあるので、医師や薬剤師などの専門家と相談のうえ、適切に使用することが大切です。Q3. 漢方薬には速効性がないというイメージがあるのですが実際はどうでしょうか?
A3. 一般に漢方薬はゆっくり効くと思われがちなようですが、速効性がないというわけではありません。わかりやすい例として、風邪のような急性の病気の場合には、漢方薬の風邪薬である葛根湯などは飲んですぐに効果が出ます。一方で慢性病は、完治までには時間がかかりますが、薬の効果という点では、案外早く出るものです。実際、私の病院に入院される方を見ていますと、2~3日で効果が出始めています。これについては、入院によって、日常のさまざまな雑事や誘惑……例えば、仕事や家事、あるいは人間関係、さらにはお酒、夜ふかしなどから解き放たれた、まさに薬が効きやすい状態にあることが大きいでしょう。日頃の生活の中では見えにくい効果も、理想的な状況で、お薬が合っていれば、速やかに効き始めるということかと思われます。
Q4. 体調がよくなってきたら、漢方薬を飲むのを自己判断で止めたり、量を減らしたりしてもよいのでしょうか?
A4. 前提条件として、医師や薬剤師から出ている薬であれば、止めたり減量したりする前に、処方された専門家に相談してください。また、市販薬など自分で飲み始めたものについては、症状がなくなった時点で減らしてみて、特に再発するようなことがなければ、さらに減らすまたは中止するとよいでしょう。【文献】
1)全国健康保険協会
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/shibu/shimane/cat070/2013030401/20130305/20170119008/
2)Yagi, A. et al. J. Epidemiol. 2019, Dec 5;29(12):451-456.