■漢方はフレイルとも密接に関連している
漢方は日本独自の医学体系ですが、フレイルと関連する部分も多く、ここではそうした点を中心に、漢方の基本も含めてご説明したいと思います。
▶漢方の基本~気血水の定義
漢方治療で古くから重んじられているのが「気血水」の三要素です。これは、いわば心身の好不調を判断するバロメーターといえます。
「気」は、私たちのあらゆる生命活動に必要な心身の運動を生み出すエネルギーのことです。心臓が動いているのも、食事をしたら胃が消化してくれるのも、肝臓がアルコールを分解してくれるのも、すべて気のエネルギーあってのことと考えられています。
他の要素である血(けつ)、水(すい)が目で見えるのに対し、気は目に見えません。これが「気」という存在をわかりづらくしている最大の原因かもしれません。しかし逆にいえば、気が目に見えないのは当たり前のことともいえます。なぜなら気はエネルギーだからです。太陽や水は見えても、それらが生み出す太陽エネルギーや水力エネルギーは当然目には見えません。
そういう意味では、気というのは、まさに気分的な、精神的な要素が強いと思われます。そして、気が衰えること、すなわち衰弱、虚弱といった状態は、フレイルとも関係があると考えられます。
▶気はどのようして生まれるのか
私たちの命の源となる気は、大きく2つのパターンで生み出されます。1つは、両親から授かった、生まれもって備わっている「先天の気」です。これは「腎気(じんき)」とも呼ばれます。漢方医学でいう「腎(じん)」とは、いわゆる臓器としての腎臓の意味とは異なり、水分代謝や成長・発育・生殖など生命力をつかさどる機能を意味しています。もう1つが後天の気で、日々の飲食物や呼吸などから作られます。
もって生まれた先天の気は加齢とともにだんだんと衰えていきます。そこで、生まれて以降、日常の中で補っていく後天の気が重要となるのですが、こちらは飲食物や呼吸によって生じることから、喫煙や暴飲暴食などにより、うまく生成されない可能性が高まります。
気が衰えるということは、活力が減退し、虚弱に、すなわちフレイルにつながると考えられます。ですからフレイル予防にとっては、いかに先天の気を保ち、また、いかに後天の気を得るかが、換言すれば、生活習慣を正すなどの策を講じることがカギになってくるといえます。
▶気の異常がもたらす不調
私たちが生きていくうえで必要不可欠なエネルギーである気に異常が起これば、当然、心身にも不調が表れます。たとえば、気のエネルギーが不足した(虚ろな)、漢方で「気虚」と呼ばれる状態では、そもそも気力がわかず、だるさ、疲労、食欲不振などが現れやすくなります。
目に見えないからわかりづらいと思われがちな「気」ですが、私たちは日々、無意識に気の存在を感じています。それは次の図をご覧いただけば、よりわかりやすいかと思われます。特に気の影響を実感しやすいのはメンタル面での変化です。そして、そうした変化は心の問題だけでなく、ストレスで胃が痛むなど肉体的にも影響を及ぼします。
図2 私たちは日々知らず知らずに気の存在を感じている
▶腎気の衰え方
中国最古の医学書にして漢方のバイブルとも呼ばれる『黄帝内経(こうていだいけい)』という書物によると、男女の腎気の移り変わりは、女性では7年、男性では8年ごとに変化が訪れるとされています。
先天の気は加齢に伴って衰えますが、先天の気と後天の気を合わせた腎気は、男女いずれも生まれてからだんだんと充実していき、20~30代でピークを迎え、以降はだんだんと衰えていきます。衰えが始まる時期は、いわゆる更年期と呼ばれる期間にあたることからも、腎気の減少と高齢者のフレイル増加にはつながりがあるように思われます。
腎気が減り、衰えた状態を腎虚(じんきょ)といいます。腎虚による具体的な症状には、健忘、睡眠障害、腰痛、骨粗しょう症、排尿障害、だるさ、耳鳴りなどがあり、まさにフレイルにつながる症状でもあります。
▶効果は本人だけが感じるものではない
漢方薬の効果は、飲んだ本人が実感することもありますが、それ以外にも同居している家族や周りの人たちが気づくケースが少なくありません。実際、私の患者さんのご家族などに話を聞くと、漢方薬を飲み始めてから、直接的な症状の改善もそうですが、そのほかに「食欲が出てきた」「家族との会話が増えた」「笑顔をよく見るようになった」「着替えや片付けを自分でするようになった」などの話を聞く機会も多いものです。こうした日常生活の中の些細な変化は、本人よりもまわりの人たちのほうが感じ取りやすいのではないでしょうか。
病気単体ではなく、心身のバランスを整えて身体全体をいい状態にしていくのが漢方治療の大きな特徴です。本人が自覚することも大事ですが、副作用なども含め、まわりの方が気を配ることも大切なことといえます。