漢方の得意な病気
第18回 日漢協・市民公開漢方セミナー 2015年10月26日(月)「漢方の得意な病気」
東京女子医科大学 東洋医学研究所 教授 伊藤 隆 先生
漢方医学には『気(き)』『血(けつ)』『水(すい)』という概念があり、「体の中をこの3つが過不足なくスムーズに巡ることで健康が保たれる」と考えます。つまり気・血・水が不足したり流れが乱れたりすると、病気や不調が生じると考えます。漢方薬は気・血・水の不足を補い、流れを整えることで、つらい症状を改善していく薬です。
一方、現代医学(西洋医学)では病気の原因を検査で見つけ出し、その原因を取り除く治療をするのが一般的です。つまり原因がはっきりしなければ治療の対象にはなりづらいため、みなさんの中には、なんとなく調子が悪い、疲れる、だるい、痛い…そんな不調を抱えているのに、「病院で検査しても異常がないと言われたからつらいまま我慢している」という方も多いのではないでしょうか。
しかし現代医学とは異なるアプローチで治療する漢方なら、今まで治せなかった不調や病気を改善できる可能性があります。そこで今回は、漢方医学の「気・血・水」の概念の中でも「気血(きけつ)」にポイントをおいて、漢方薬がさまざまな病気に効果を発揮するしくみを解説します。さらに医療の現状と、漢方薬の副作用や問題点などもお話しします。漢方医学の知識を身に付けた上で、上手に活用していきましょう。
一方、現代医学(西洋医学)では病気の原因を検査で見つけ出し、その原因を取り除く治療をするのが一般的です。つまり原因がはっきりしなければ治療の対象にはなりづらいため、みなさんの中には、なんとなく調子が悪い、疲れる、だるい、痛い…そんな不調を抱えているのに、「病院で検査しても異常がないと言われたからつらいまま我慢している」という方も多いのではないでしょうか。
しかし現代医学とは異なるアプローチで治療する漢方なら、今まで治せなかった不調や病気を改善できる可能性があります。そこで今回は、漢方医学の「気・血・水」の概念の中でも「気血(きけつ)」にポイントをおいて、漢方薬がさまざまな病気に効果を発揮するしくみを解説します。さらに医療の現状と、漢方薬の副作用や問題点などもお話しします。漢方医学の知識を身に付けた上で、上手に活用していきましょう。
気血とは
漢方医学で言われる「気血」とは、何を意味するのでしょうか。 簡単に言うと、人体の「もの」の部分が「血」で、「気」は目に見えなくて働きだけがある状態です。血が器で、その中身が気と言えばわかりやすいでしょうか。気血の異常
気や血が満ち足りてスムーズに体を巡っている時は健康な状態ですが、気血を加齢や不摂生で消耗すると、体調不良や病気を引き起こします。~気の異常~
気が不足した状態を「気虚(ききょ)」と言います。具体的には、体がだるい、気力がない、疲れやすい、日中の眠気、食欲不振、すぐ風邪をひく、物事に驚きやすい、目に光がない、音声に力がない、へそから下の緊張が落ちる小腹不仁(しょうふくふじん)という状態、だらだら下痢が続くといった症状が現れます。
気の流れが滞ると「気うつ」あるいは「気滞(きたい)」になります。具体的な症状としては、気がのどの部分にとどまって咳が出たり、お腹にたまって腫れたりします。手足にたまると、痺れが出ることもあります。
「気逆(きぎゃく)」も気の流れの異常の一つで、気が下から上に逆流した状態です。ゆっくり上がってくれば「のぼせ」になって足が冷えて顔が熱く感じられ、急に激しく上ると「動悸」になります。
一方、器にあたる血が衰えて「血虚(けっきょ)」になると、集中力が落ちる、眠れない、めまいがする、筋肉がひきつるこむら返り、過少月経、髪の毛が抜けやすい、皮膚がカサカサする、爪がガタガタする、痺れるといった症状が現れます。
治療の中心は「補剤」
漢方医学では気や血が足りない場合、これらを補って調整する「補剤(ほざい)」を治療に使います。補剤には補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)などさまざまな種類があり、現代の医療でも一般的に使われています。代表的な補剤を紹介していきましょう。
最も多く使われているのが「補中益気湯」、別名「医王湯(いおうとう)」です。かつて中国では戦乱が絶えず栄養不良で病気になる人が多かった時代に、李東垣(りとうえん)という名医によって「胃腸の機能を補い、これだけでさまざまな病気がよくなる処方」として生み出されたと伝えられています。
補中益気湯が適応となるのは、手足がだるい、目に力がないなど、気虚の症状です。さらに口の中に白い泡が出る、食事の味がない、熱い物を好む、へそ周辺で動悸がする、脈に力がないといった自覚症状だけではなく、胃下垂や子宮下垂、直腸脱など、内臓を支える筋肉のたるみを引き締める作用もあります。
補中益気湯に関してはさまざまな研究がなされています。例えば肺の中にある肺胞のマクロファージのTNF-α産生が増えて、病気をもたらす菌をやっつける機能が高まるという報告があります。繰り返す気道感染症に使って悪化を防ぐことで、派生して起こる気管支炎や肺炎も予防することが期待できるとされています。またアトピー性皮膚炎や食欲不振、C型肝炎、男性の不妊症、抗がん剤の副作用の軽減などにも使用される場合があります。
補中益気湯と並ぶ補剤が「十全大補湯」です。いずれも動物実験ですが、食欲を増す、免疫抑制を改善する、抗がん薬の毒性を軽減する、がんの転移を抑制するといった報告があります。
十全大補湯とよく似た作用を持つ漢方薬に「人参養栄湯」があります。がんの肺転移を抑制したという研究結果が出ていますが、気血にかかわる不調に抜群の効果を発揮する場合があります。
例えば気血が巡らなくなると、体のあちこちが痺れたり痛んだりしますが、こうした症状は鎮痛薬を使ってもあまり改善せず、困っている人が少なくありません。そこで気と血、両虚の症状があって、痛みや痺れがある人に人参養栄湯を使ってみると、驚くほど良くなることがあります。
気血に原因があるので、痛みや痺れにしぼった薬でなくとも、気血を巡らせる薬を使えば、細部の痛みや痺れも良くすることができる。これが漢方治療の魅力の一つなのです。
気と血が両方虚している状態には十全大補湯や人参養栄湯が使われます。がんの患者さんではこのような状態がしばしば見られ、手術後になかなか体力が回復しない場合などに使われています。
一方、血虚の代表的な補剤は「四物湯(しもつとう)」です。四物湯は血を巡らせる栄養剤的な役割を持つ薬です。
補剤で少し注意していただきたいのが、補剤のうち7割に使われている「甘草(かんぞう)」という生薬です。甘草はマメ科の植物で、砂糖の50倍の甘さを持ち、醤油や飴などふだん我々が口にしている多くの食品に、甘味料として含まれています。
甘草には気分を鎮める精神面の作用だけでなく、循環状態を維持する作用や抗炎症作用、抗アレルギー作用もあります。甘草を原料にした抽出成分の注射薬は、肝機能やアレルギーの改善、鎮咳作用や抗がん作用を期待して使用されてきました。
しかし甘草は体の中の水を保つ働きが強いために、血圧の上昇やむくみ、カリウムが低下して筋肉が壊れるミオパチーなどの副作用もあるのです。
甘草が含まれている漢方薬を2種類以上飲むと、体内で甘草の濃度が高くなるので、複数の漢方薬を飲むときなどには注意する必要があるでしょう。例えばこむら返りに速効性がある「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」という漢方薬には甘草がたくさん含まれていて、血圧が上がったりむくんだりという危険がとても高いので医師・薬剤師の管理のもとで服用してください。
甘草が入っていない補剤もあり、「真武湯(しんぶとう)」もその一つと言えるでしょう。心不全や浮腫といった水がたまる病気の人にも使う場合があります。また真武湯には、心臓の力を高めて体を温める「附子(ぶし)」も含まれています。附子はトリカブトのことであり、トリカブトは毒草として知られていますが、無毒化して使っているので安心してください。
漢方特有の「舌診」
たくさん種類がある漢方薬の中から、どうやって適したものを選ぶのでしょうか。現代医学では血液検査や画像検査の結果を重視して診断し、治療方針を決めますが、漢方医学では独自の診断や治療を行います。現代医学でも診察では問診をしたり体の状態を見たり触ったりして確認をしますが、漢方医学の場合はさらに、「脈」「おなか」「舌」を観察します。舌を観察し、診断することを「舌診(ぜっしん)」といいます。この3つの診察からは多くの情報が得られますが、今回は「気虚・血虚の舌」の典型的な所見にしぼって紹介しましょう。写真(※写真 1参照)は、苔状の「舌苔(ぜったい)」が左右非対称に付着し、縞状になっている「地図状舌」で、気虚の一つのパターンです。
3枚目は、舌苔がなくなったような「鏡面舌」の写真です(※写真3参照)。気虚だけではなく、血虚も併せ持つ人なので、補中益気湯では力不足。その先の十全大補湯か人参養栄湯で治療する必要があります。
「証」を見極め、薬を選ぶ
診断や治療方針の基準にしている漢方医学的病態を「証(しょう)」といいます。自覚症状と診察所見を総合して証が決まり、証をもとに最適な漢方薬を選ぶのです。 例えば腎不全で受診した方の証から「気虚」であると判断した場合、補中益気湯を処方します。同じ腎不全でも気虚でない方は補中益気湯の適応はありません。アレルギー性鼻炎、虚弱体質でも気虚の方がいる一方で、気虚ではない方もいて別の漢方薬で治療することになります。これを「同病異治(どうびょういち)」と言います。また一つの薬をいろんな病気に使う「異病同治(いびょうどうち)」ができることも、漢方治療の特徴の一つです。みなさんよくご存知の風邪薬で有名な葛根湯(かっこんとう)は、実は風邪以外にも鼻かぜ、鼻炎、頭痛、肩こり、筋肉痛、手や肩の痛みなどにも使える場合があります。
現代医学では、通常それぞれの病気に対して薬を出します。例えば、高齢男性が頭痛や肩こり、高血圧、肝機能障害、高脂血症、夜間尿、腰痛、呼吸困難を訴えて受診した場合、それぞれの症状に薬を処方するため、何種類もの薬が必要です。
一方漢方治療では、症状がいっぱいあっても全部治そうとしません。まずどこを治さないといけないかを考えて、そこから治療を始めます。すると、治療対象にしていなかった症状まで良くなることが少なくありません。そのためたくさんの種類の薬を使わなくても済みます。
漢方医の大きな役割は、それぞれの病気の証と漢方薬、つまり適応条件をクロスマッチさせることにあると言っていいでしょう。そして、証が合っているかどうかは、症状が改善したかどうかで確認することができます。その治療により症状が改善することを根拠、あかしとして「証」の言葉の意義があるのです。
臓腑も証に関与する
ただし「気虚だから」「血虚だから」というだけで、漢方薬が決まるわけではありません。例えば気虚について考えてみましょう。 東洋医学では、気は親からもらった「先天の気」と生まれてから得る「後天の気」があり、 それぞれの気がかかわる臓器(東洋医学では「臓腑(ぞうふ)」という)も違いますし、使用する漢方薬の種類も変わります。先天の気は「腎(じん)」に宿ると言われており、腎は腎臓ではなく老いを司る臓腑を意味します。加齢に伴って腎の気が衰え、「腎虚(じんきょ)」という病態が生じます。腎虚の具体的な症状は、下半身に力が入らない、腰が痛い、夜おしっこが近い、足がしびれるといった、いわゆる「下半身の老化現象」で、男性では40代から始まり、女性は60代から始まるという統計があります。腎虚には「八味地黄丸(はちみじおうがん)」がよく使われ、下半身の症状だけではなく、息が切れる、ものが見えにくいといった症状にもある程度効果があると言われています。
一方、後天の気にかかわっている臓腑は「脾(ひ)」です。「脾」は漢方医学では脾臓ではなく、後天の気は大地から食べ物を通していただくことから、消化吸収の臓器を指します。消化器系の症状に効果がある補中益気湯と六君子湯は、後天の気を補う薬でもあると考えられます。
瘀血とは
気の流れに重点を置いて解説をしてきましたが、健康な体を保つには「血」の流れも大事です。漢方には「瘀血(おけつ)」という病態があり、すらすらと流れるべき血がなんらかの原因で滞った状態を指します。女性の月経障害や更年期障害は典型例ですが、男性にも見られ、脳血管障害などの痛みや痺れで困っている場合、瘀血を解消することで症状が改善する方も少なくありません。瘀血の症状
瘀血は顔面のシミやくま、皮膚の鬱血症状、唇や歯茎の色がどす黒いなど見た目でもわかりますし、へそのあたりを押すと、抵抗や圧痛(あっつう)を訴えます。一般に女性は毎月の生理時にはおなかの周辺の鬱血が強まり、生理が終わると鬱血は解消します。しかし瘀血の強い人は生理が終わってもずっと抵抗と圧痛が続きます。瘀血の診断基準
瘀血を診断するため、症状をスコア化したものが「瘀血スコア」で、現在日本東洋医学会のスタンダードになっています。20点までは正常、21点以上39点以下が瘀血状態、40点以上が重度の瘀血状態としています。瘀血スコアが正常な人は血液の粘度が低くサラサラですが、瘀血が重度になるほど高まることがわかっています。駆瘀血剤
瘀血の漢方治療には、「駆瘀血剤(くおけつざい)」を使用します。代表的な駆瘀血剤は、桂枝茯苓丸という処方です。桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)の駆瘀血作用はさまざまな研究がなされています。動物実験では、コレステロールは下げないけれど、動脈硬化を示す血管の内側のプラーク(血管の内側に堆積する脂質など)の沈着を抑制することがわかっています。なお、瘀血の人に使うのは、桂枝茯苓丸だけではありません。桂枝茯苓丸も含め、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)が3大処方と言われています。桃核承気湯は便秘の強い人に使う漢方薬で、軽症程度の人が飲んでしまうと下痢をします。一方、当帰芍薬散は、やせて顔色が青い、非常に虚した人に適しています。また、めまいのある人にもよく使用する漢方薬です。桂枝茯苓丸は、丸顔でちょっと赤みのあるような人に向いています。
西洋医学では治療が困難な疾患
漢方薬は比較的副作用が少ない薬ですが、全くないわけではありません。できるだけ副作用が出ないようにするために「安易に2剤3剤の漢方薬を併用しない」「複数の診療科にかかっている場合、他の科から漢方薬が処方された時は医師に伝える」「漫然と続けず、一回良くなったらやめることも考える」といった注意も必要です。1日2包くらいから始め、証を診て使っていただきたいと思います。終わりに
かつて漢方は「何となく効果がある」というものでしたが、近年はエビデンスが認められるデータも蓄積され、効果が裏付けられるようになっています。こうした流れに沿って漢方医だけでなく現代医学を中心に診療している医師の中にも漢方治療に関心を持つ人が増え、診療に漢方を採り入れるケースも多くなりました。症状によっては通常の西洋薬よりもむしろなるべく体に優しい漢方薬で治療しようという動きが出てきています。日本は東西両医学が共存する唯一の国。現代医学の中で伝統医療ができるのは世界の最先端という捉え方もできます。漢方治療を正しく理解して健康を手に入れてください。
Q 自己判断で市販の漢方薬を使用しています。医師の処方する漢方薬と違いはありますか?
漢方薬は医師が処方する医療用漢方製剤のほかに、薬局などで一般用漢方製剤が市販されています。これまで一般用は医療用よりも成分が少ない製品が多かったですが、ここ数年は医療用と同じにする「満量処方」の一般用が増えています。商品自体に差はないということになりますが、漢方専門医を受診すれば、より高い確率で自分に合った薬を処方してもらうことができ、健康保険も適用されます。Q 漢方薬は苦いので服用すると食欲が落ちてしまいます。対処法はありますか。
通常、体に合った漢方薬はそれなりに飲みやすく、苦みがあってもそれなりに慣れていく場合が多いものです。一方、飲むたびに苦痛が増していくときには体に合っていない可能性があります。他の漢方薬を検討してみることをお勧めいたします。ただし、漢方薬を飲んだ経験のない人の場合は、体に合っている薬でも苦痛に感じることもあります。オブラートで包んで飲みたいところですが、顆粒状の漢方薬はできればお湯に溶かして飲んだほうが、揮発性の有効成分まで体に取り込むことができます。Q 漢方は一生飲んだ方がいいと言われて服用を続けています。 自分では症状が取れたと思うのですが、服用する必要はありますか。
「薬」という字は「楽になる草」と書きます。楽になったら、つまり必要がなくなったらやめるべきだと思います。一部の漢方薬の副作用は、長く飲むことで、でてくるという報告もあります。Q インターネットの検索でも、漢方に詳しい医師や薬剤師を探すのは難しいのですが、よい方法はありますか。
「日本東洋医学会」「Qlife漢方クリニック」「漢方のお医者さん探し」、これらの言葉を検索サイトで入力して検索すると、漢方に詳しいお医者さんや病院が見つかります。「日本東洋医学会 漢方専門医の検索」 https://www.jsom.or.jp/jsom_splist/listTop.do
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