漢方に教えられたこと、気づかされたこと
第17回 日漢協・市民公開漢方セミナー 2014年11月20日(木)「漢方に教えられたこと、気づかされたこと」
大阪大学大学院医学系研究科漢方医学寄附講座 准教授 萩原 圭祐 先生
近年、テレビや雑誌で漢方特集が多く組まれるなど、漢方への関心が高まっています。診療現場でも多くの医師が漢方を使用するようになり、2010年の意識調査では86.3%の医師が漢方を処方していると答えました。
みなさんが漢方に対して抱いているイメージは「穏やかな作用でゆっくり効く」あるいは「副作用が少なく、体にやさしい」といったところでしょうか。私の外来には「こういう症状があって困っている。漢方で何とかなりませんか」と、漢方に何らかの助けを求めて受診する方が少なくありません。漢方には西洋薬とは異なる「ある種のイメージと期待」があるのだと思います。
漢方は一般的な治療ではなかなか治らないような症状を治してしまうこともある一方で、何でも治せる魔法の薬ではありません。
今回は漢方医学とはどのようなものなのか、私自身が漢方を通して気付かされたこと、教えられたことについてお話したいと思います。
みなさんが漢方に対して抱いているイメージは「穏やかな作用でゆっくり効く」あるいは「副作用が少なく、体にやさしい」といったところでしょうか。私の外来には「こういう症状があって困っている。漢方で何とかなりませんか」と、漢方に何らかの助けを求めて受診する方が少なくありません。漢方には西洋薬とは異なる「ある種のイメージと期待」があるのだと思います。
漢方は一般的な治療ではなかなか治らないような症状を治してしまうこともある一方で、何でも治せる魔法の薬ではありません。
今回は漢方医学とはどのようなものなのか、私自身が漢方を通して気付かされたこと、教えられたことについてお話したいと思います。
漢方とは
そもそも漢方薬はどのようなものか、みなさんはご存知でしょうか。たとえば「生薬が入っている薬=漢方薬」と考えがちですが、伝承薬や薬用酒は漢方薬ではありません。漢方は中国の医学古典の「傷寒論(しょうかんろん)」「金匱要略(きんきようりゃく)」などにある独特の医学体系の考え方を基に、生薬を組み合わせた処方です。たとえば風邪薬としてよく知られる「葛根湯(かっこんとう)」やインフルエンザの治療にも使われる「麻黄湯(まおうとう)」は傷寒論の処方で、現在でも使用されます。2000年近く経った現在でも有効な処方なのです。
中国伝来のものがそのまま漢方になったわけではなく、江戸時代に古方派(こほうは)と言われる人たちに重視され、日本オリジナルのものが確立されました。特に大阪では、漢方と蘭方(西洋医学)を合わせた良いとこ取りをして治療をしてきたという記録が残っています。私自身も現代医学と漢方医学の良いところを合わせて、相乗的な効果を示す新たな融合治療を創出しようとしています。
歴史を遡って行くと同じように考えた先人がいるということに驚かされると同時に、勇気づけられる思いがします。
漢方特有の「舌診」
漢方には、脈を取る「脈診(みゃくしん)」や舌を診る「舌診(ぜっしん)」など、独自の診断法があります。さらに、お腹を触る「腹診(ふくしん)」というのは、日本漢方特有の方法です。脈や舌を診て、お腹を触ることによって、その人の「気(き)」と「血(けつ)」と「水(すい)」の情報が得られ、この三つの要素を判断するのが漢方治療になります。【気】
まず「気」とは「元気」「やる気」といった言葉からも想像できるように、目に見えない生命エネルギーのこと。わかりやすい事例を紹介しましょう。2013年の11月、関節リウマチとCOPD(慢性閉塞性肺疾患)という肺の病気を抱えるAさん(60代女性)が入院されました。病院嫌いで、それまで治療をしていなかったと言います。154センチ、31キロと非常に痩せていて、全身の倦怠感と食欲不振を訴えていたため、ステロイド薬、抗リウマチ薬といった通常の薬物療法に、「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」を追加してみました。補中益気湯は「だるい」、「しんどいな」というように、気が少なくなった「気虚(ききょ)」の状態の人に使用する薬で、「気」を補う「補気剤」と呼ばれる漢方薬のひとつです。アトピー性皮膚炎などにも効果があることが報告されています。
Aさんはメキメキ体力を取り戻し、体重は31キロから43キロに。現在はステロイド薬を使用しなくてもいい状態にまで回復し、元気に過ごしています。
お年を召されると風邪を引きやすくなったりとか、ちょっと動いただけでつらくなったりしますが、それは加齢や体力の低下でエネルギーが足りなくなっているからです。それを補ってくれるのが補中益気湯のような補気剤なのです。
【血】
「血」は、主に血液と考えていいでしょう。乳がんの手術後のBさん(40代女性)の事例を紹介しましょう。乳がんでは術後にホルモンを抑える薬を投与するホルモン療法をすることがあり、Bさんもホルモン療法を受けられているとのこと。ホルモンを止めると排卵や生理が止まり閉経したのと同じ状態になります。イライラしたり、悩んだり、顔色も悪くなるといった、いわゆる「更年期障害」の症状が現れ、困っておられました。
Bさんに処方したのは最終的には十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)と半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)です。十全大補湯は、気や血を補う代表的な方剤で、抗がん剤治療の際に元気を補う漢方薬として良く使われます。また半夏厚朴湯は、不安の軽減作用がある薬です。
当初Bさんは落ち込みがひどくて泣いてしまうこともありましたが、漢方治療を始めると笑顔を見せるようになりました。
また、漢方には「瘀血(おけつ)」という考え方があります。わかりやすくいうと、ドロドロと血の流れが滞っている状態のこと。とくに女性は思春期に初潮を迎え、40代、50代に閉経するまで月経が健康状態に大きく影響します。たとえば月経痛とか、月経周期が短いとか、経血に血の塊があるという場合の多くは瘀血(おけつ)があると考えられますし、皮膚のシミや目の下のクマも瘀血の症状の一つとされています。また舌の裏側にある舌下静脈が怒張しやすい方は、血が滞りやすい体質を表しています。
炎症性腸疾患のCさん(30代女性)は最新の生物製剤を使っていますが、「瘀血(おけつ)」の状態で、月経周期にともなう乳房痛がつらいと言います。瘀血を改善させる代表的な方剤の桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を処方したところ、乳房痛は解消しました。桂枝茯苓丸は月経痛やニキビにも効果がある薬です。
【水】
「水」は体の中を巡る水分を指します。膠原病のDさん(30代女性)の事例で紹介していきましょう。Dさんは「むくみ」「頭痛」「めまい」がひどく、2014年の4月に漢方外来を受診されました。めまいに効果がある苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)であっさり症状は改善しましたが、6月初めに梅雨が始まると「だるくてたまらない」といいます。実はジメジメとした湿気の多い時期に体調が悪化する方は多くて、「水」が悪さをする「水毒」になっていることが少なくありません。そこで水毒に効果がある五苓散(ごれいさん)を追加すると、だるさはなくなりました。水毒の体質かどうかを判断するには、鏡で舌を観察してください。舌に歯のあと「歯痕」が付いている人は、体に「水」が溜まりやすい。五苓散や苓桂朮甘湯で、体にたまった余分な水を流してあげれば体調は良くなります。
「養生」が不可欠
例えば補中益気湯を飲んで治ったというのは、気が不足する「気虚」になりやすい体質で、生活習慣にも気虚になりやすい要素があるということですから、生活習慣について見直す必要があります。「漢方で治ったから良かったね」と済ませるのではなく、「私はこういう体質でこういうことに気を付けなければいけないんだ」と気づくことが大事なのです。江戸時代に、長生きのための生活習慣のアドバイス「養生訓(ようじょうくん)」を記した貝原益軒(かいばら えきけん)は、自身も当時では珍しく84歳まで長生きしています。貝原益軒が強調しているのは「健康を維持するには先ず養生を心がけ、針灸や薬の力に頼り過ぎないようにしましょう」ということ。
最近、患者さんは「ちょっと気になるからCTを撮って下さい」「頭が痛いから何か薬をください」「とりあえず、熱を下げてください」などと、医療に頼りすぎているように感じます。本来なら、まず風邪をひくような生活をしていなかったか、自分自身で振り返って反省しなければなりません。貝原益軒が言うように「ふだんの心掛け」が健康の基本なのではないでしょうか。
瘀血の診断基準
瘀血を診断するため、症状をスコア化したものが「瘀血スコア」で、現在日本東洋医学会のスタンダードになっています。20点までは正常、21点以上39点以下が瘀血状態、40点以上が重度の瘀血状態としています。瘀血スコアが正常な人は血液の粘度が低くサラサラですが、瘀血が重度になるほど高まることがわかっています。漢方ではこう治療する~漢方治療の実際~
実際の漢方治療についてお話ししていきましょう。まず、現在の漢方薬の剤型について。本来の漢方薬は煎じ薬です。生薬を刻んだ茶葉のようなものを煮出して飲みます。現在一般的になっている剤型が「エキス剤」というもの。煎じ薬をいちいち煮出す手間を省くため、煮出したものをスプレードライしたものです。煎じ薬に比べると効果はやや落ちますが、煎じる手間がかからず、持ち歩いて、どこででも飲むことができるため、とても便利な剤型です。基本的に保険診療で保険が利くということですね、沢山ありますのでエキス剤で充分治療出来る、充分対応出来るということになります。
次に、飲み方について。煎じ薬はそのまま飲んでいただければいいのですが、エキス剤はインスタントコーヒーと思って下さい。基本的にはコップに入れて、お湯で溶かして飲んでいただくという形になります。粉のまま水やお湯で流し込んでもそう効果が変わるわけではありませんが、お湯で溶いて飲むという習慣が大事です。とにかく飲みこんで体に入れればいいというのではなく、少しまったり・ ・ ・ ・した時間を持つというのが実は治療の上では大切だと考えています。
飲むタイミングは、本来は「食間」ですが、飲み忘れたら食後でもかまいません。
漢方はゆっくり効くというイメージが強いですが、ゆっくり効くタイプもある一方で、すぐに効果が現れるものもあります。その代表例が、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)という処方です。マラソンの途中で足が痙攣を起こしたときなどに、芍薬甘草湯をパッと飲むとわずか数分でおさまります。ひきはじめの風邪によく使われる葛根湯も、1~2時間ほどで強ばりが取れ、汗がサーッと出て来ます。一方、十全大補湯や牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)などはゆっくり効くタイプで、効果が現れるまで1~2週間から数カ月かかることもあります。
また、漢方は服用後、一時的に症状が悪化する「瞑眩(めんげん)」が起こることがあり、その後は快方に向かっていきます。とはいえ、瞑眩ではなく副作用で悪化することもあります。大事なのは、主治医としっかり話をすること。なんでも話せる信頼関係を結ぶことが、治療の成功につながります。
尚書:儒教の経書の中で特に重要とされる四書五経の一つ『書経』の古名。
「腎気」のはなし
「腎気(じんき)」についてお話ししたいと思います。漢方における「腎」の働きというのは、腎臓ではなく、成長や発育を司る生命エネルギーを「腎」と呼んでいます。中国の古典には、女性は大体七歳になれば腎気が盛んになり、七の倍数、7×4=28歳で筋骨は固く、髪は長く、身体盛装極まり、7×7=49歳で閉経し、子を作ることが出来なくなります、と書いてあります。
男性は基本的には八の倍数。8×4=32歳で筋骨は隆盛期に、筋肉は満ち、盛んになって子どもを作れる状態になり、8×7=56歳前後で生殖や体が衰える。漢方医学はある時点だけを見ているのではなく、子どもからお年寄りになるまでを意識した医学なのです。
腎気が減れば、生命エネルギーが衰える「腎虚(じんきょ)」に陥り、毛が抜ける、白髪が増える、耳鳴りや難聴、皮膚の乾燥、腰痛、骨粗しょう症、尿が出にくくなったり尿漏れしたりする、足が冷えてだるいといったさまざまな症状が現れます。
腎気が損なわれる理由は主に4つ。まず不安になるということ、次に「甘いもの」を摂り過ぎること、3つ目「老倦」と言って働き過ぎること、最後にパートナーとの適切な関係性も大事と言われています。
上手く「老い」を迎えるという上で、とくに私が重要だと感じるのは「パートナーとの適切な関係」です。Eさん(70代女性)は関節リウマチで、卵巣がんを併発されました。卵巣がんの手術と強い化学療法を終えて、幸い助かったんですけれども、以前に比べて痩せて元気がなくなり、眠れないとか、ドキドキするといった症状を訴えるようになり、酸棗仁湯(さんそうにんとう)という薬を処方しました。不眠症やクヨクヨして考えがまとまらない人によく効きます。酸棗仁湯で眠れるようになりましたと言って、すごく喜んでくれたんです。
ところが、ある時、お一人で旅行に出かけて戻ってくると「漢方を飲まなくても平気でした」というんです。それも、ニコニコ笑いながら話されるんです。夫から離れたら体調が良くて、夫が完全にいなくなると不安だけど、いつも一緒だと鬱陶しいと言われました。夫婦のちょうどいい距離、適切な関係性というのがとても重要なのだと実感しました。
また不安もよくありません。不安になると「腎気」が損なわれ、さらに不安になるという「負のスパイラル」に陥ります。ではどうすれば不安にならずに済むのでしょうか。最近私は「腹が据わること」が大事と思うようになりました。実は漢方の中にヒントがあって、腹診をしてみると、不安を感じている人は特に「小腹(しょうふく)」と呼ばれる臍の下が抵抗がなく、ペコペコと弱いんですね。東洋医学でいわれる臍下丹田がしっかりしていると不安を感じにくく、多少のストレスや心配ごとでは動じなくなります。臍下丹田をしっかり意識することが大事です。
漢方は「心」も癒す
漢方は「心身一如」、つまり「心」と「体」は一体のもので、分けることができないということを日々の外来で実感しています。Fさん(70代女性)はかかとのカサカサで受診されましたが、なんとなく元気がありません。アレルギー体質もあったので、抗アレルギー剤のほか、手足の皮膚症状によく効く加味逍遙散(かみしょうようさん)を処方すると、足底がツルツルになり、だんだん表情も明るくなってきました。加味逍遙散は更年期障害の時によく使われる婦人科三大処方(他の2処方は当帰芍薬散・とうきしゃくやくさん、桂枝茯苓丸・けいしぶくりょうがん)で、不眠やイライラにも効果があるのです。
とても喜んでくださったのですが、私の中に少し違和感がありました。そんな風に思っていたある日、Fさんは、10年以上前に息子さんを交通事故で亡くされたつらい経験を話してくれました。漢方は皮膚もツルツルにしましたが、同時に、カサカサになった心も潤してくれたのではないかと感じました。
またGさん(60代女性)の漢方治療でも同様の経験をしています。Gさんは仲の良かった夫を突然亡くされ、大変なショックを受けました。不安を解消する抑肝散(よくかんさん)で多少良くなったのですが、簡単に立ち直れるわけはありません。外来で泣き出し、家でも寝る前に泣いてしまうような状態が続いて、どうにか治療できないかと逡巡していたとき、甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)がGさんのような人に効果があることを思い出し、「悲しくなったら飲んでみて」と処方してみたのです。
2週間ほど経った頃でしょうか。Fさんは夫の遺骨を入れたペンダントを胸に付けて外来に現れ、思い出を笑顔で話してくれるようになりました。ホッとすると同時に「漢方には涙を笑顔にしてくれる作用もある」と心から思った次第です。
漢方は「心」も癒す
現代の医療では体の症状を臓器別に考えてしまいがちですが、物事を局所だけでなく全体的に見て行くという視点が大切だということを漢方から教えられました。もう一つは「心」と「体」は密接にかかわっているということ。
そして、対話が大切だということも学びました。我々、医療関係者と患者さんとの対話ももちろん大事なのですが、患者さんご自身も自分の「体」や「心」の声を聴いて対話して行く必要があると思うのです。さらに我々も、1回治療した後に本当にこの治療で良かったのか、自問自答していく―いろいろな意味での対話が漢方治療には欠かせないと思うようになりました。
私のお話が少しでも皆さんのお役に立てばと願っています。