健康を守る 運動・漢方・笑い
第13回 日漢協・市民公開漢方セミナー 2010年10月14日(木)漢方医学研究所 松田医院 院長(元日本東洋医学会 会長) 松田邦夫 先生
~漢方エキス製剤の普及~
1976年から漢方薬のエキス製剤を健康保険で使えるようになり、漢方は医療現場で急速に普及しました。漢方専門の診療所だけでなく、大学病院や開業医院でも健康保険による漢方治療が可能になり、漢方外来も全国に次々できてきています。このような流れの中で、漢方医学の知識をもつ医師が求められるようになり、日本東洋医学会でも、漢方専門医・指導医の認定を行っています。
2010年の日経メディカル社の調査では、一般医師の86.3%が漢方薬を使っていると回答しています。漢方薬を使う理由は、「西洋薬だけの治療では限界があるから」という回答が約半数を占めました。「近年、漢方薬の効果が科学的に証明されるようになったため、一般の医師でも受け入れやすくなった」という理由も挙げられています。また、「漢方薬を使ってほしい」という患者さんの要望も強くなっているようです。
コラム1 21世紀の漢方~健康と長寿~
漢方薬も西洋薬と同じように効果が証明されつつあり、積極的に治療に取り入れられるようになりました。しかし「症状を取り除くためにただ薬を飲む」というのが漢方治療ではありません。漢方は、心と体を調和させていくことを目的としています。時には西洋医学の力を借りながらつらい症状の改善を図りつつ、食養生や適度の運動など生活面のアドバイスも加えて、精神面も含めたからだ全体の健康を目指すものなのです。漢方医学は、「健康な状態で長生きしたい」と望む人の強力なサポーターになってくれることでしょう。
~漢方治療のメリット~
漢方医学には、西洋医学とは異なる独自の治療方針があります。たとえば西洋医学では病気の原因を検査などで探し出し、その原因を取り除く治療をしていきますが、漢方医学では病気を「バランスの乱れ」と考え、漢方薬でからだ全体のバランスを整える治療を行い、結果的に症状を改善していきます。漢方医学独自の視点でアプローチをすることで、西洋医学では気づくことができなかった病態に気づき、治療することができるのです。西洋医学、漢方医学、それぞれにいい面がありますから、両者を上手に使い分けるようにすると良いでしょう。お互いの相乗効果も期待できます。
~漢方薬の選び方・服用の注意~
漢方医学では、多種類の漢方薬の中からどの薬を選ぶかが最も重要になります。体質や症状に薬が合っていなければ、十分な効果が得られないからです。薬を選ぶには、漢方医学独自の診断方法で、「証(漢方医学の視点で見た体質)」を見極める必要があります。証は「陰陽(寒がりか、暑がりか)」「虚実(胃腸が虚弱か、丈夫か)」など、複数の見立てを総合して決められます。ただし、一般の医師の場合は、症状で処方を決める場合も少なくありません。
なお、漢方薬は薬局でも市販されていますが、医師の診察を受けて自分に合う薬を処方してもらったほうが安心です。検査を受けることで、がんや結核など重篤な病気の見逃しも防ぐことができます。また、糖尿病や高血圧症、高脂血症などは、漢方薬を飲んでいるときも定期健診が必要。いずれにしろ、自己判断は禁物です。
~漢方薬に副作用はないの?~
体に優しいというイメージが強い漢方薬ですが、薬である以上、副作用がでることもあります。比較的多いとされる副作用は、湿疹やじんましんなどの皮膚症状と、胃腸障害です。ごくまれに、むくみや血圧上昇、筋肉の障害、肝機能障害、間質性肺炎などの重い副作用がでる場合もありますが、西洋薬に比べると少なめという印象です。しかし、高齢者や腎臓病の人は副作用がでやすいので、とくに注意が必要です。漢方薬を服用している間は、漢方薬の知識が豊富な医師のもとで定期的にチェックを受けたほうがいいでしょう。
~漢方薬の上手な飲み方~
エキス製剤は、お湯に溶かして飲むことをおすすめします。もともと漢方薬は生薬を煮出す煎じ薬で、エキス剤はそれを顆粒状に加工したもの。本来の煎じ薬に近い形で飲んだほうが、より高い効果が期待できるからです。また、西洋薬は食後に飲むことが多いですが、漢方薬は食前または食間(食事と食事の間)の服用が一般的。ただし胃腸が弱い人は、食後に飲むといいでしょう。
漢方薬の場合、毎日飲むことで効果を発揮する薬が多いのですが、症状のあるときだけ服用するものもありますから、医師の指示にしたがうようにしてください。
薬の種類によっては飲み方にコツがあります。
たとえば初期の風邪薬として有名な葛根湯の場合、熱めのお湯で溶かして冷めないうちに飲み、体を温めるようにします。服用後の養生も大切で、ふとんをかぶって安静にし、じっくり汗を出すようにすると、回復が早まります。
また、こむら返り(急激に起こる筋肉のけいれん)の痛みに効果がある芍薬甘草湯の場合、夜寝る前に1包飲むようにします。こむら返りは就寝中に起こることが多いので、あらかじめ飲んでおくことで痛みが出るのを防ぐことができるのです。
~漢方薬は他の薬と併用できるの?~
ほとんどの漢方薬は、西洋薬と併用できます。しかし西洋薬の中には飲み合わせに注意が必要なものもあり、とくに利尿剤や気管支拡張剤、鎮痛解熱剤などは気をつけたほうがいいでしょう。必ず主治医に相談するようにしてください。なお、漢方薬と他の薬は、同時に飲んでも問題ないことのほうが多いのですが、できれば30分くらい間をおくようにします。とくに鉄剤や牛乳は1時間以上経ってから飲んだほうが安心です。
コラム2 中国で買ってきた薬も漢方薬なの?
中国の伝統医学の薬は、「中医薬」と呼ばれていて、日本の漢方薬とは違うもの。日本の漢方薬は、中国人向けの薬が長い時間をかけて日本人の体質に合うように改良されたものだからです。なお、中国のみやげ物店やネットで売られている薬の中には、中医薬とも違う成分も含まれている場合もあります。西洋薬の劇薬を混ぜたような危険なものもあるので、飲まないほうが無難です。やせ薬や強壮剤、リウマチ薬、喘息の薬、糖尿病薬などは、とくに注意したほうがいいでしょう。
それぞれの得意分野を生かす
健康に自信がある人でも、年をとるとともに体の機能は確実に衰えていきます。早い段階で病気や異常を見つけて治療できるように、定期的に健康診断を受けることが大切です。もちろん食事や運動などふだんの生活習慣にも気を配る必要があります。食事は、旬の食材を取り入れ、栄養のバランスのとれたメニューを心がけて。ただし食べすぎには気をつけてください。
適度な運動を続けることも大事です。一昔前までは、交通機関が発達していなかったため、どこに行くにも歩かなければなりませんでした。言ってみれば、いやおうなしに運動をさせられていたわけです。しかし現代人はとにかく忙しいし、エレベーターなどの普及で歩く量も減り、運動不足になりがちです。適度な運動をするようにしましょう。
~現代版養生考とは~
江戸時代の儒学者の貝原益軒は、人生40年といわれた時代にもかかわらず、84歳の長寿を全うしました。益軒の著書『養生訓』には、「過食を避ける」「身を労する」「塩分を摂り過ぎない」など、長寿のヒントになる生活習慣の注意点が記されています。しかし益軒の『養生訓』は、現代とは栄養状態や生活環境が異なる300年も前のもの。現在の状況に見合った養生法を考え、実践すべきでしょう。
~命を脅かすメタボリック・シンドローム~
肥満症や高血圧、動脈硬化、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病は、それぞれが独立した別の病気ではなく、内臓に脂肪が蓄積した肥満が原因であることがわかってきました。こうした内臓脂肪型肥満によって、さまざまな病気が引き起こされやすくなった状態を「メタボリック・シンドローム」といいます。たとえば動脈硬化症の場合、血管の壁が弾力を失って血液の流れが悪くなるために、脳卒中や狭心症、心筋梗塞などで重い障害が残ったり、命を奪われたりすることもあるのです。
また、糖尿病も脳や心臓など生命の中枢にダメージを与えるだけでなく、失明や足を切断しなければならない事態になることが珍しくありません。
これらの病気は初期にはほとんど自覚症状がなく、じわじわと体を蝕んでいきます。
~メタボリック・シンドロームを撃退しよう~
メタボリック・シンドロームを解消するためには、ダイエット(食事制限)と運動が欠かせません。まずダイエットでは、次のようなことを心がけてください。
▽不規則な食事時間やまとめ食いを改める
一日三食、規則正しく食べる
夕食はできれば午後7時までに(寝る前に食べない)
間食は控えめに(手が届くところに食べ物を置かない)
▽早食いの習慣をやめる
咀嚼回数を多くし、よく味わってゆっくり食べる
ストレスは食べること以外で解消する(気晴らし食いや残飯食いはやめる)
体重を減らし、おなか周りの脂肪を落とすには、運動が効果的です。内臓型脂肪は、皮下脂肪に比べて運動で落としやすいといわれています。運動をしないでダイエットだけをしても、脂肪より先に筋肉が減ってしまい、好ましい状態とはいえません。また運動は骨粗しょう症をある程度予防できますし、からだ全体を若々しく保つ効果もあります。
運動は毎日少しずつ続けることが大事です。さまざまな運動がありますが、エアロビクスやウォーキング、ゆっくりしたスピードのジョギング、水泳、水中歩行、社交ダンス、サイクリングといった有酸素運動をするといいでしょう。
ただし運動は心臓や血管、関節などにかなり負担がかかるため、運動不足の人や体の弱い人、高齢者は、注意しながら行う必要があります。それぞれの体力に合わせた運動方法を選ぶようにしてください。
~メタボ対策に漢方を活かす~
漢方薬の中には肥満に効果がある処方も数多くあります。ただしダイエットや運動と併用するのが基本で、漢方薬だけでやせようしてもうまくいきません。まずダイエットや運動に取り組んでみて、それでは十分な効果が出ないという場合に漢方薬を活用するといいでしょう。よく使用される漢方薬は防風通聖散と大柴胡湯で、腸管で脂肪が吸収されるのを抑えてくれます。ダイエットに併用すると、体重が減少しやすいといわれています。
~生活に笑いを取り入れて~
食事や運動の管理は大事ですが、楽しみながら続けていくことが大切。一生懸命取り組むあまり、笑ったり楽しんだりすることを忘れていないでしょうか。笑いは最高の薬といっていいほど、心身にいい影響をもたらします。「笑うことで痛みなどのつらい症状が改善した」という症例はいくつか報告されていますし、笑いによって、がん細胞を攻撃するナチュラルキラー(NK)細胞の活性が上昇するといった研究論文も示されています。人がよく笑い、愉快に暮らしていれば、NK細胞は活力を増し、免疫力もパワーアップして病気をブロックしてくれる効果が期待できるのです。笑う門には福来たる―笑顔の人を見れば周囲も楽しくなるもの。毎日の生活を楽しみながら、元気に長生きをしていきましょう。