「冷え症は治らない」とあきらめていませんか?
体の冷えは、他人には理解されにくいものです。女性の二人に一人は冷えに悩んでいるともいわれますが、その数の多さに対し、社会の理解はまだまだ低いのです。そのため冷えは体質や性格の問題だと考えられがちで、冷えに苦しむ本人も、我慢するのが当たり前、と思いこんでいることが多いのです。
実際は、冷えは適切な治療をすれば改善できる症状です。また、日常生活でも服装や食事をちょっと工夫するだけで、つらい冷えの悩みを軽減することが可能です。
ここでは、冷えの治療に広く使われる漢方治療を中心に、冷え症に関する正しい知識をご紹介します。冷え症をよく知ることが、治療の第一歩です。
この冊子が、冷えのない健やかな生活を送ることのお役に立てれば幸いです。
実際は、冷えは適切な治療をすれば改善できる症状です。また、日常生活でも服装や食事をちょっと工夫するだけで、つらい冷えの悩みを軽減することが可能です。
ここでは、冷えの治療に広く使われる漢方治療を中心に、冷え症に関する正しい知識をご紹介します。冷え症をよく知ることが、治療の第一歩です。
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女性の二人に一人が冷え症
同じ気温の部屋にいても、人によって寒さの感じ方は違います。極端に寒がりで、手足、腰などがすぐ冷えてしまいとても苦痛である、一度冷えると体温が戻るのに時間がかかる、というような人は、冷え症と言えます。冷えは、血圧のように数字で表せるものと違って、自覚的な症状なので、客観的な診断が難しい症状です。寒いな、つらいな、と思いながらも、自分が冷え症状だと自覚していない人もいます。北里研究所の調査では、女性の50%強が冷えを自覚していました。本人が自覚していない冷えの症状を加えると、その数はもっと大きくなると予測されます。一方、男性で冷えを自覚している人は10%強で、冷え症が圧倒的に女性に多い疾患であることがわかります。
表1は、冷え症の人によく見られる症状です。
冷えで悪化する病気
冷えはただ辛いだけでなく、他の疾患の病態を悪化させるという危険もあります。たとえば関節リウマチは、冷えることで痛みが増強しますし、気管支喘息やアレルギー性鼻炎なども冷えで症状が悪化します(表2)。
また、貧血、心臓疾患、甲状線機能障害、自己免疫性疾患が原因で冷えが現れていることもあるので、「たかが冷え」と片づけるわけにはいきません。
冷えに伴う症状
こういった疾患がなくても、冷えると腰痛・腹痛・月経痛・頭痛といった痛み、下痢・便秘などの消化機能の異常、疲労感・脱力感などの全身状態、不安感や抑うつなどの精神状態、果てはのぼせ・ほてりといった、冷えとは対極にあるような幅広い症状が現れやすくなります。年代別に女性によくみられる症状を見ても、冷えのある人では、ない人に比べて症状が強く出る傾向があります(表3)。
冷えは体のバランスを崩す
わたしたちの体は、内分泌(ホルモン)、神経、免疫機能の相互作用で健康な生命活動を維持しています。体温調節は、そのすべてに関連しています。冷えという体温調節の異常があると、それは内分泌-神経-免疫のバランスに大きく影響し、健康維持が難しくなってきます(図1)。このように、冷え症はまさに「万病の元」なのです。
熱産生の異常
冷えの原因の一つに、熱の産生低下があります。熱の原料となる食べ物の摂取量が少ない、胃腸が弱くて消化吸収機能が低下している。といった場合に、熱の産生が低下します。ですから冷え症の人はダイエットは禁物です。
また、運動不足も大きな原因になります。運動によって筋肉で産生される熱は、体が作る熱全体の6割にもなります。運動不足は、こうした筋肉での熱産生量を低下させることになります。
熱運搬の異常
熱の運び屋は血液です。筋肉や内臓で作られた熱は、血流によって全身に配られます。しかし、血流を調節する自律神経に異常があったり、いわゆる「ドロドロ血」で全身に十分な血液が行き渡らなくなると、新陳代謝が悪くなって熱も十分に運ばれなくなり、冷えの原因になります。自律性体温調節反応の異常
体の内部には大切な臓器があり、その働きを守るためには体温を一定に保つ必要があります。体温調節の基本は、寒い時には熱を作り、暑いときには熱を放散するというバランス調節です。この調節を無意識に行っているのが自律神経で、エネルギー代謝、血流、発汗、全身の毛穴の開閉、筋肉のふるえ、などを操作して熱の産生・放散を操作しています。これは一瞬一瞬の温度変化に対応して体温を微調整する機能で、「自律性体温調節反応」と言います。自律神経の機能がストレスなどで障害されると、この体温調節反応がうまく働かなくなり、冷えの原因となることがあります。
気候馴化の異常
四季のある日本に生まれ育ったわたしたちの体は、大きな時間単位の温度変化にも適応するようになっています。冬場は夏よりも1日の熱産生量が約10%も多くなり、快適に感じる温度も夏と冬では3度位差があって、夏は多少暑くても快適だと思えるようになっています。しかし、冷暖房の普及で四季を敏感に感じられなくなった現代、こうした気候馴化能も低下しています。そのため、本来は体温の微調整をする自律神経への負担が大きくなっています。
コラム 冷えは現代病!?
自律生体温調節機能は、外部因子、すなわち過剰な冷暖房、食生活の乱れ、ストレスなど、現代社会ならではの環境の中で弱っています。たとえば、過剰な冷房で外気温と室内温度に20度近い差があることも希ではなく、部屋を出入りするたびに忙しく体温調節機能が働くので、自律神経への負担が重くなっていきます。また家庭や職場で受ける精神ストレスは、自律神経の働きに影響することはよく知られています。季節感のない食材も、体の季節馴化を鈍らせます。こうした現代社会の申し子のような環境が、冷えを作り、憎悪させているのです。まさに冷えは現代病といえます。
冷え症治療は漢方の得意技
冷え症の治療に漢方薬がしばしば使われます。冷え症以外にも、漢方治療が向いている病気に表4のようなものがあります。これらの多くは全身状態が複雑に影響し合っていて、体の一部分を集中的に診察する西洋医学では、全体像を把握することが難しい病気になっています。漢方は、体全体を一つのまとまった機能としてみるので、こうした病気の治療に適していることが多いのです。こういう漢方の特徴が広く知られるようになり、最近では西洋医学の医師でも、約7割が漢方薬を使用していることが全国調査で明らかになっています(図2)。
冷え症も、ここまでみてきたように、体の内外のいろいろな原因が重なって起こる症状で、それだけに漢方治療の効果が期待できます。
漢方からみた冷え症の3つのタイプ
漢方は、患者さんの一人一人の体質や精神状態、全身状態をいろいろな尺度で把握して、それに合わせた漢方薬を処方します。ですから、一口に冷え症といっても、処方される漢方薬は患者さん毎に違うものになります。体質や病状を表す尺度にはいろいろありますが、代表的なものの一つに「気・血・水」があります。気はエネルギー、血は血液とその働き、水は血液以外の液体とその働きのことです。漢方では、気・血・水が滞りなく循環しているのが健康な状態で、このうちのどれかに異常があると病気となって現れる、と考えます。ですから、治療ではその循環を正常にすることを目標にします。
冷え症を大きく分けると、1)熱の産生が十分でない新陳代謝低下型、2)血液の循環が滞っている血流障害型、3)水分の過剰や偏りがある水分貯留型、の3つに分けることができます(表5)。
コラム 舌で診る体の状態
漢方では、患者さんの体にさわる前に外見や声の調子、体臭など、五感を使って十分に観察をします。中でも漢方的なものに舌の観察があります。これを「舌診」と言います。舌の大きさ、色、湿り具合、苔、舌下静脈などの状態で、下のようなことがわかります。新陳代謝低下型の冷え症
■ 特徴このタイプにはエネルギー・熱の産生能が落ちているので、疲れやすく、温かい飲食物を好み、とても寒がりで風邪をひきやすい、といった特徴があります。
こういう人の舌を見ると、大きくはれぼったく、表面が白い苔のようなものに覆われていることが多く(図3)、これは、主に消化機能の低下を示しています。
■ 漢方治療の考え方
胃腸機能が低下していれば、まずこれを整える処方を考え、エネルギー不足を補う「補剤」と言われる処方がよく使われます(表6)。
血流障害型の冷え症
■ 特徴このタイプは瘀血という、漢方的に見て血の循環の滞りが原因の冷え症です。指先やかかとが荒れやすく、顔色が悪く便秘気味で、痔核や月経痛があり、肩こりがひどい、などの症状が出やすいタイプです。舌は、どす黒いいろであったり、舌の裏の血管(舌下静脈)が青紫色に腫れているのを認めることもあります(図4)。皮膚の表面に細かい静脈が浮き上がったり、静脈瘤が見えることもあります。
■ 漢方治療の考え方
駆瘀血剤と言われる処方を中心に考えます(表7)。
水分貯蓄型の冷え症
■ 特徴水毒といって、水分が体内に貯留しているタイプを言います。むくみやすく、頭痛、頭重感があり、尿が近く、めまいや耳鳴り、吐き気があるといった症状を伴います。下の両辺の歯形の痕が、水毒の目安になります(図5)。
■ 漢方治療の考え方
利水効果のある処方を考えます(表8)。
ストレスが関与する冷え症には気剤を
以上3つのタイプを基本に、症例ごとにいろいろな要素が加わって、実際の治療はもっといろいろなことを考慮しながら行います。たとえば、眠れない、落ち込んでいる、イライラして怒りっぽい、といった精神的ストレスの影響が強いと判断される場合、気剤と呼ばれる種類の漢方薬を処方することもあります。気剤は、気の流れをよくしてストレスへの抵抗力をつけるもので、アロマテラピーのように香りのいい処方が多くなっています(表9)。漢方薬は飲む成分だけでなく、香りも大きな意味を持ちます。
コラム 更年期と冷え症
冷え症は女性に多い症状ですが、これは女性ホルモンの変化にも影響を受けます。特に卵巣機能が低下する50歳前後の更年期には、ホルモン低下とホルモンの環境変化によって惹起されるいろいろな症状に女性は悩まされます。うつ状態、不安、不眠、イライラといった精神症状、のぼせ、そして下半身や手足の冷えが、更年期の代表的な症状です(図6)。のぼせと下半身の冷えという、正反対の症状が同時の起きることも珍しくありません。こうした更年期症状には、漢方治療が有用であることはよく知られ、西洋医学の臨床でも特に漢方薬が多く使われている分野ですが、近年では欧米でも更年期症状に対する漢方治療の有用性が注目されるようになっています。
本冊子監修の渡邉賀子先生が所属する慶應義塾大学病院漢方クリニックでは漢方女性抗加齢外来を設け、更年期症状の緩和、動脈硬化などの加齢変化の減速、加齢に伴う諸症状の緩和を目的に漢方治療を中心とした診療を進めています。
正しい日常生活で健康維持
漢方治療の効果を十分に発揮させるためにも、正しい日常生活を送りましょう。過剰な冷暖房に対処するために、脱ぎ着しやすいような重ね着をして、冷暖房に合わせて脱ぎ着をまめにします。また、下半身は常に暖かくしておくようにします。 | |
冷暖房は控えめにして足元を暖かく、過剰な湿度も避けます。 | |
理想は規則正しく、バランスよい食事ですが、現実には難しいこともあります。その場合は、せめて「朝の一口」を大切にしましょう。みそ汁やスープの一杯でも良いので、温かいものを口にすることが大事です。朝は、体温・代謝が低く体が眠っている状態なので、それを目覚めさせる意味があります。
食事は、できるだけ生活している土地で育ち、その季節に自然に取れるものを食べるようにしましょう。夏に取れる(または南国の)野菜や果物は体を冷やし、冬の食べ物は体を温めると言われます(表11)。そして、あまり加工されていない、自然に近いものを偏りなく、バランスよく食べることが大切です。 |
4ページで紹介したように、運動で筋肉が作る熱はとても大切です。わざわざジムなどに通わなくても、家事や買い物を「楽しい運動のチャンス」と意識して、いつもより筋肉を動かすようにすれば、運動効果が得られます。
また、テレビを見ながらストレッチをするような「ながら体操」も無理なく運動を続けるひとつの手段と言えるでしょう。 こうしたちょっとした生活の工夫が、冷え症改善の大きな力になります。冷えを知り、漢方を知り、生活を見直して、冷え知らずの生き生きとした生活を送りたいものです。 |
コラム 入浴のすすめ
入浴は、冷え症改善に特にお勧めです。お湯につかることで体に水圧・浮力がかかり、下半身が体重から解放されて緊張をゆるめることができます。水圧が自然のマッサージにもなって、下肢の血流改善も期待できます。
ぬるいお風呂にゆっくり入れば、交感神経の緊張を鎮め、自律神経のバランスが回復します。
高齢者には心臓への負担が少ない半身浴がいいのですが、その場合は上半身が寒くならないようにバスタオルを羽織ったり、Tシャツを着たまま入浴する、あるいは入浴する前にお風呂の縁に腰掛けて足だけ暖め、全身が暖まったところで服を脱ぐようにするとよいでしょう。